501GamePost


GROW LANSER
− グローランサー −


WILD DOG

 王都ローザリアの開門は朝6時。近隣の村からの野菜売りから旅を続ける商隊、
果ては浮浪者まで雑多な人間が列を作る。ローザリアに入るには必ず検閲を
受けなければならないきまりだ。列が無くなるのはいつも昼近い。
「次!」
まだ若い衛兵が自棄気味に叫ぶとロバの手綱を引きながら薄汚い中年男性が
進み出る。
「おはようごぜぇまっす。」
「何だ、このガラクタは?」
「へぇ、家財道具を売ろうと思いまっしてぇ。」
ロバのひいている荷車に積まれているのは使い古された鍋や農耕具、古着など。
衛兵が汚い物を触るように形ばかりの点検をする。
戦争がはじまって以来こういった輩は多い。稼ぎ手である男達が徴兵されたためだ。
ウンザリしながらも衛兵は故郷に残してきた年老いた父親の顔を思い浮かべていた。
「通って良し!。次!」
「ありがとうごぜぇまっす。」
深々とお辞儀をしてから男はよろよろと進み出した。

昼下がりの大通りでゼノスは焦っていた。何度も周囲に視線を巡らす。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。いつもの鎧姿では無く、薄汚れた旅装束だ。
「あの〜少しよろしいですか?」
ふいに声を掛けられて振り向くと若い女性が立っている。
ゼノスが来た時からこの街頭で行き交う人々に声を掛けていた
アッシュブロンドの長い髪を持つなかなかの美人だ。
「私、そこのLLM魔法教室の講師なんですが…」
「すまないが他をあたってくれ。今は忙しいんだ。」
吐き捨てるようにゼノスが言う。我ながら殺気だった声だった。
にもかかわらず女は顔色一つ変えない。
「もしかして何かお探しではありませんか?」
顔色を変えたのはゼノスの方だった。
「あ、ああ…その、何だ、『フェザリアンを探している』んだが…」
「私、『羽の無いフェザリアンなら知っている』けれど。」
ゼノスが息を飲んで女を見つめる。
「あんたか。まさか女とはな。」
「それはこちらも同じよ、『野良犬』が来るんじゃなかったの?」
女はあくまで穏和な表情を崩さない。ゼノスも意識して平静を装う。
「俺は新しい『野良犬』だ。」
「そう。じゃ伝えるわ。『兎』は予定通り『鳩小屋』に入る。忘れないようにね、新人さん。」
「ああ。こういう事には慣れてないんでな。」
「慣れるヒマも無いかもね。また会える事を期待しているわ、それじゃ。」
女はまた同じようにLLM魔法教室の勧誘をはじめる。
雑踏の中で2人に注意を払う人間は誰も居なかった。

締め切った窓から差し込む僅かな光が空き家の埃っぽい室内を照らし出す。
「もう一度確認するぞ。」
口ひげを生やした男が机を囲む4人を見回す。
その姿は今朝ロバを連れていた時のままだったが、雰囲気は一変していた。
「明日、周辺の街道や村で「ちょっとした事故」が多発する。
我々はその騒ぎに乗じて潜入し『兎』を狙う。」
「『兎』居場所はわかってるのカ?」
赤毛をポニーテールにした少女が口を尖らせる。年頃の娘にしては随分と逞しい。
同年代なのにカレンとは正反対だとゼノスは思った。
「『鳩小屋』だ。間違いないな、新入り?」
「あ、ああ。ところでその『鳩小屋』ってのはどこなんだ?」
突然話しを向けられてゼノスが慌てる。つり目の男が大きく舌打ちをした。
「冗談じゃないぜこんな新入りと組むのはごめんだ。」
「止せよ。『親父』のお気に入りだ。お前よりは役に立つだろうさ。」
『つり目』の隣に座っていた金髪の男がゼノスを値踏みするように眺める。
視線は鋭いがゼノスより年下のようだ。『親父』とはシャドウナイツマスター、
ガムランを指す隠語だ。
ちなみにシャドウナイツは自分達の事を『影』と呼んでいる。
「こういった仕事は初めてだが、剣の腕前なら期待しててくれ。」
「へえ、へえ。期待してるぜ、準優勝者殿。」
『つり目』が嫌みたらしく言う。ゼノスがカッとなって立ち上がった。
「止めロ!ググルでは戦士は互いに尊敬しあう。仲間同士で争うのはニンゲンの悪いくせダ。」
『ポニーテール』の言葉にゼノスがしぶしぶ引き下がる。『つり目』は薄ら笑いを浮かべていた。
「最後に…」
場が静まるのを待って『口髭』が口を開く。
「標的はあくまで『兎』だ。他には目をくれるな。以上だ。」
その言葉は『金髪』に向けられていたようだった。

「眠れないか?」
屋根裏部屋の小さな窓から夜空を眺めていたゼノスは背後から『口髭』に声を掛けられた。
「ああ。素人丸だしってかんじだな、我ながら情けない。」
ゼノスとて幾多の実戦をくぐり抜けて来た傭兵だ、戦い自体には慣れていたがたった
5人でローランディアの王城へ潜入するとなると話しは別だった。
「そう気負うな。元々この国は兵力が少ない。城に残っているのは徴集兵と名ばかり
の騎士、役立たずばかりだ。正規の騎士団は全部出払っている。」
「確かに。しかし、『影』はこんな無茶な任務ばかりなのか?」
「そうでもない。盗み、暗殺、放火、せこくて気の滅入る仕事ばかりさ。
今回は珍しくやりがいがある。」
月明かりの中でも『口髭』は決して窓に近づこうとしない。
『影』として生きてきた者の習性だった。
ゼノスはいつか自分もこうなるのだろうかと暗い気持ちになった。
妹の、カレンのためなら自分はどんなに「汚れ」てもかまわないと
思って生きてきたし、今もその思いは変わらない。
しかし『影』となる事で自分が日陰の身になる事が自分でも
知らず知らずの内に重く心にわだかまっていた。
「やりがい…か。そんな言葉を聞くとは思わなかったぜ。」
背後でふっと息を付く気配があった。
「考えてもみろ。ふんぞりかえって綺麗事ばかり吐いてる『飼い犬』共、
貴族や騎士の連中にどれほどの事が出来る?奴等が手間暇掛けてやる事を
俺達は一晩で成し遂げるんだ。」
毒を似て毒を制する。長い間傭兵を続けてきたゼノスには判る気がした。
泰平だといわれる世の中で自分が食い扶持を失わないのがその証拠だ。
国家間の戦争こそ無かったものの、小さな争いが絶えた事はない。
「少なくとも俺は国王や、まして自分のために戦っているんじゃない。
バーンシュタインという『国家』のためだ。
インペリアル・ナイトが如何に強かろうと、王が如何に善政をひこうと、
綺麗事だけでは民は救えない。
俺達の成す国益があってはじめて奴らは『国を治めていられる』のさ。
実に愉快な仕事じゃないか。」
「なるほどね。それで騎士を捨てたのか。」
「…何の話しだ。」
やや間があって殺気を含んだ声が返ってきた。
「俺は『影』としては新米だが、傭兵生活は長い。
正規の訓練を受けているかいないかくらいは見抜けるぜ。」
『口髭』は騎乗するとき、飛び上がるように鐙を勢い良く蹴る。
それは帯剣したまま「見栄え良く」騎乗するための習慣だ。
傭兵はそんな鞍や馬に負担を掛ける事はしない。
「なるほど、『親父』が目を付けるだけの事はある。
しかし、口は災いの元だという事は覚えておけ。」
その声を最後に気配は消えた。

 まったくとんでもない一日だった。
まず、朝一番で入場待ちの行列で乱闘騒ぎがあり、昼前には街道のど真ん中で
荷駄車が横転した。
その後つり橋が傾き、街道工事現場ではボヤ騒ぎ、っと次は何だったか…。
まだ少年といっていい年頃の騎士は馬上で己の不幸を呪い、思い描いていた
「騎士としての初仕事」と現実のギャップにやり場のない怒りを感じていた。
とても彼よりさらに疲労しているはずの兵達を気遣う余裕など無い。
「開門〜っ!」
自棄気味になって叫ぶと紋章をあしらった重い城門が地響きと共に開く。
気が付けば兵達の縦列と随分と距離が開いていた。
「何をグズグズしている!急げ!」
自分の親ほど年の離れた徴集兵達を怒鳴り付ける。
若い徴集兵は騎士団に配属されて戦線に赴いていた。
兵達は疲れ切っていて、騎士の態度に腹を立てる余力さえ無い。
城門をよたよたとくぐって行く縦列を門衛達は哀れみと明日は我が身という
心境を持って眺めていた。
城壁の上に立つ弓兵も同じに。
門衛はおろか最後に入城した騎士も兵達の数を数えてはいなかった。

磨き上げられた大理石の床を蹴ってゼノスは走っていた。
「畜生。」
噛み締めるように呟く。徴集兵に紛れて潜入し、何もかもうまく行っていたのに。
「畜生。」
よりにもよって『鳩小屋』、謁見室に奴等が居ようとは。悪夢としか思えなかった。
作戦は土壇場でひっくり返されたのだ。あのオッドアイの若造に。
『つり目』は盲目の戦士に切り刻まれ、『金髪』はグローシアンの
魔術師に下半身を吹き飛ばされた。
ゼノスもまた宿敵であるオッドアイの少年に深手をおわされている。
「畜生!」
曲がり角で鉢合わせした衛兵2人を無造作に斬り殺す。
手前の男には眉間に両手剣の柄を叩き込み(運が良ければ脳震盪で済むだろう)、
その反動を利用してもう1人の首を払う。
相手は身構える間も無い。
首を中程まで切断された男は盛大に吹き出す己の血に断末魔の叫びを上げる事もかなわず、
崩れ落ちていく。
男の血が大理石の床にシミを作るよりはやくゼノスは走り出していた。
ふと、潜入時の偽装を続けていれば容易に脱出できただろうか、などと考えている自分に
気が付く。
嫌な感覚だ。
戦場を渡り歩くにつれ人を殺す事に何の罪悪感も感じなくなって行く。
「!」
気が付くと中庭のような開けた場所へ出ていた。
周囲を囲む城壁の上に居た衛兵達が気づきクロスボウを構えるのが見える。
自分は恰好の標的だった。脱出を急ぐあまり身を潜める事を忘れていた。『影』と『傭兵』
との違いだ。
咄嗟に身構えるが次の瞬間、射抜かれたのは衛兵の方だった。
「こっちダ!はやク!」
見れば『ポニーテール』が中庭の茂みから矢を放っている。
間髪を置かず衛兵の1人が叫びを上げて城壁から落下した。
それを合図にしたようにゼノスは走り出す。
鼓動がハッキリと聞こえる。
顔面に戦化粧を施した『ポニーテール』の動作がひどくゆっくりと見える。
自分の一歩一歩がひどくもどかしい。
肩口をクォラルがかすめる。
怯まず前進。技能を要さず長距離射程を持つクロスボウの欠点は連射性の悪さだ。
再装填の方法は型によって異なるが少なくとも射手は一旦構えを崩さなければならない。
前射結果を見て狙いを絞り込める弓とは大きく異なる。
今必要な事は振り返ってクォラルを防ぐ事でもジグザクに走る事でも無い。
ただ駆け抜けるだけだという事をゼノスは知っていた。

背後の暗闇から遠く悲鳴が聞こえてくる。
追手が『置き土産』に引っかかったのだろう。ワイヤーを使った簡単な罠だ。相手を倒す事
が目的では無い。
追手に精神的なプレッシャー、「恐怖」を与え、『死なない程度に負傷した人間』という
お荷物を作り出す。
これでいくらかは距離を稼げるだろう。
ゼノス達は中庭に面した窓から調理場に入り、ダストシュートを通って下水道へ逃げ込んだ。
今は市街の真下あたりだろうか。『口髭』が確保しているはずの脱出口は目前だった。
遮光板のついた小型のランタンを掲げ、足元の汚水をかき分けながらゼノスが進む。
このところの好天続きで水かさが少ないのが幸いだった。
ふいに背後に続いていた水音が止む。
振り返ると壁に寄りかかるようにして『ポニーテール』が息をついている。
「もう少しだ、行くぞ。」
励まそうと伸ばした腕が逆に思わぬ力で捕まれた。
「聞ケ、『新入り』。私はどうやらここまでのようダ…」
「何言ってやがる!『ググルの戦士』なんだろう、ニンゲンの俺に負けて良いのかよ。」
彼女は自分がググルと呼ぶ魔物に育てられた事をいつも誇りにしていた。
人間である前に自分はググルの戦士なのだ、と。ゼノスの言葉にふっと笑みを浮かべる。
「なるほど、貴様は『影』らしくなイ…あいつらの言う通りダ…」
あいつら。
ゼノスと共に突入し、『鳩小屋』を目前にして奴等に倒された2人、
膨大な借金のために仕事を受けた『つり目』とローランディア王家に私怨のあった『金髪』の事だ。
「皮肉を言えるなら大丈夫だろう。肩を貸す。ググルの里へ返るんだ。」
死を覚悟した人間を前にするとゼノスは決まって故郷の話を持ち出す事にしている。
戦場では傷の深さと同じくらい生きようとする気力が生死をわけるのだ。
薄暗いランタンの明かりに照らされて、彼女はゆっくりと首を振る。
顔料で描かれた戦化粧は溶けだし、下水や血しぶきで汚れていても、その顔はどこか息を飲ませる
美しさがあった。
「…私が最後の一人ダ。ググルは皆殺しになり、里は切り開かれて街道になっタ…
私は『戦士』だから生き残ったのではなイ…『ニンゲン』だから殺されなかっただケ…ダ…」
「…」
「貴様を『戦士』と見込んデ、頼みがあル…」
「だめだ!」
次の言葉が判りきっているだけにゼノスは即座に断言した。
彼女はゼノスの顔に手を伸ばし、自分の血で頬に簡単な紋様を描いた。
「これで私は貴様と共に在ル。…頼ム…もう、下半身の感覚がほとんど無イ…
戦士として死なせてくレ。」
あの中庭から逃走する際、『ポニーテール』は背中にクォラルを受けていた。
手当をする暇も無く、出血を抑えるため刺さったままにしておいたのが災いしたらしい。
「…あんた、名前は?」
歌うような、小鳥の鳴き声のような短い旋律を彼女が呟く。
「…ニンゲンの言葉で『ニシキギの実』という意味ダ…」
幼い頃、カレンを連れ野草取りで生計を立てていたゼノスはその植物を知っていた。
秋になると美しく色づき、小さく赤い実を付ける。
「あんたにピッタリのいい名前だな。」
相手の緊張が緩んだ瞬間にゼノスはダガーを突き刺した。

満天の星空だった。
無数の星々が美しくきらめいている。
最後にカレンと夜空を見上げたのはいつだっただろうとゼノスは思った。
幼い頃、カレンが空腹や悪夢でグズると良く一緒に夜空を見上げ、寝付くまで他愛のない話を
したものだった。
「死んだ両親が星になって見守っている」
と誰かに吹き込まれたカレンが自分も死んで両親に会いたいと言い出した時には随分焦った物だ。
この所、良くカレンの事を想う。
落ち込んでいる証拠だ。
死んでいった仲間の顔が脳裏をよぎる。
自分がまともだったら1人くらいは死なずに済んだかも知れない。
ゼノスは今、川面に首だけをつきだしてゆっくりと流れていた。
目を凝らすと微かに前方を枯れ枝の塊が同じように流れているのが見える。
『口髭』だった。
『影』の隠語で『ダンスキャップ(ダストキャップのもじり)』と呼ばれる隠れ蓑の
一種で首を隠し、流れにまかせて脱出する算段だ。
下水道を出た後、一旦は城門付近で騒ぎを起こし、別のマンホールから下水へ戻る。
単純な欺瞞行動だがローザリアは北側が海に面しているだけに
捜索の重点は街道沿いの東西に置かれる傾向にある。
街道へ通じる城門付近でのフェイントは効果的だった。
仮に捜索隊が北側に出ていたとしても、王都に編み目のように張り巡らされた水路が
集約しているこの流れからダンスキャップを被ったゼノス達を発見する事は困難だろう。
まして2人はただ流されているだけで水音も波紋もたててはいない。完全に黒々とした流れに
同化していた。
装備の大半を捨てて紫紺のアンダースーツだけになった身体を包む水温が急速に変化する。
気が付けば海に流れ出していた。
このまま流れに乗っていると自力で陸地に戻れなくなる。水中では何もしなくても
体力の消耗が激しい。
視線を巡らして陸標(ランドマーク)であるフェザリアンの浮島を確認する。
悪天候や、重傷者の発生した場合は一旦海岸で朝を待つ手はずだが、その必要は無いだろう。
『口髭』も同じ判断をしたらしい。
2つの『ゴミの塊』は静かに波に逆らって動き出した。

海岸の一画に隠されていた『小道具』の大半は無駄になってしまった。
偽装用の衣服と荷物。
偽名での各種交通手形。
「無駄」になった3人分の小道具を処分するころには空が白みはじめていた。
「さて、そろそろケリをつけようじゃないか」
まるで食事にでも誘うような気軽さで『口髭』が言う。
「任務には失敗したが、貴様にはもう1つ任務があるハズだ。違うか?」
ゼノスは複雑な心境でその顔を見つめた。
「…知っていたのか?」
「これだけ長く『影』をやっていると知らなくて良い事までいろいろと知るはめになる。
例えば『親父』が俺の事をどう思っているか、とかな。」
ゼノスに与えられたもう1つの任務。それは『口髭』の抹殺だった。
『先代』からの『影』であるこの男は『親父』にとって扱い辛い存在だった。
しかも暗殺するには組織内の影響力が強過ぎる。
この任務は『口髭』に与えられた『花道』だったわけだ。華々しい任務で散ったとなれば士気の
鼓舞にもなる。
「…最初から失敗するつもりだったのか…」
『口髭』の目がわずかに細められる。
「見くびるなよ、若造。俺はそんなつまらない男じゃない。
 成功させて、貴様らにも死んだと思わせる手はずだったさ。
 今頃『俺の死体』が見つかっているころだ。」
『影』は至る所に潜んでいる。
ローランディア軍の内部にも。
ただ逃げ出しただけでは死体の数ですぐにばれてしまう。
『口髭』が荷車で街に持ち込んだのは装備だけではなかったのだ。
「なるほどな…」
あの『オッドアイ』に計画を狂わされたのはゼノスだけではないらしい。
いい大人が、笑い話にもならない。
「簡単に殺られるほど俺はロートルじゃないつもりだ。試して見ろよ、『新入り』。」
一見無防備な風にまるで構えをとらない『口髭』の姿は、どんな攻撃にも即座に対応できる
瞬発性を秘めている。
誘いに乗っては命取りだった。
「やめた、やめた。」
ふいにゼノスが緊張を緩める。
「とっとと行っちまえよ。あんたは死んだ事にしておいてやるさ」
「それを信じろ、と?」
「やる気なら受けて立つぜ。俺だって、黙って殺られる気はないからな。ただ…」
ふうと大きくため息をつく。
「バカらしくなった。『影』も、俺自身も、全部だ。」
しばしの沈黙の後、『口髭』の口元が歪む。
笑っているのだ。
「何だよ、文句あるか。」
「まったく、『親父』もとんだ見込み違いをしたもんだ…」
「甘い、か?」
「いや…大した奴だと誉めているのさ。精々、『親父』に睨まれないよう気を付ける事だ。」
『口髭』がゆっくりと後退する。
「なぁあんた、これからどうする気だ?」
「貴様という奴は…」
自分をどこまで信じろというのかこの若者は。
いや、この若者にはそんな他意は無いのだろう。
立ち去る者への自然な対応なのだ。
「…そうだな、『親父』や貴様とは縁遠い所で商売でもはじめて、静かに暮らすさ。」
「そうだな、それが良い。達者でな。」
ゼノスの言葉にやれやれといった感じで首を振ると『口髭』は茂みの中へ姿を消した。
朝日を背に浴びて、ゼノスはしばし空を見上げる。
自分の心はまだこの空ほど晴れてはいない。悩みが消えたわけでもない。
それでも…。
もう一度、あいつの前に立つ。
このままでは終わらせない。

翌日、アルカディウス王は北部戦線に展開中であった主要3騎士団のうち
1個騎士団を呼び戻し、王都防衛の任務につかせるよう命令を出す。
これにより予備兵力を失ったローランディア王国軍の攻勢は鈍り、敗走中であった
バーンシュタイン王国軍の多くは無事に自国領内への退却に成功した。
後世の戦史はこれをインペリアルナイトの偉業として称えている。


戦後、「シャドウナイツ」が解体されたという記録は何処にもない。





※本SSはお世話になったサイトに献上した物を転載しています。
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