501GamePost


GROW LANSER
−グローランサー−


HOUND

「もう、しょうがないなぁお兄ちゃんたら。」
まったく起きる気配のない兄を見下ろしてルイセが溜息まじりに言う。
「ごめんなさいねカレンさん。」
「いいのよ。疲れているんでしょう。」
膝の上の寝顔を愛おしそうに眺めながらカレンが答える。
せっかく休暇を利用してラシェルを訪れたというのに、兄は昼間から眠り込んでいる。
限られた時間をもっと「恋人らしい」事に使えば良いのに、と年頃のルイセは思うのだ。
もっともわざわざ休暇を合わせて追いかけてきた自分をかまってもらえないという
苛立ちも多分にあったが。
「ほんと、幸せそうな顔してる。」
「そうね、夢でも見てるのでしょうか。」
「きっとカレンさんの夢だよ。」
自分の寝顔を話題にされている事も知らず少年は眠り続けた。


暗い。
昼間だと言うのに濃密な樹木が光を遮っている。
ようやく辿り着いた陽光が光の柱となって点在していた。
天然のスポットライトだ。
下生えに身を伏せながら前方に目を凝らす。
500mほど離れた「光の柱」が一瞬、瞬く。
何かが横切った。
それが何なのか容易に想像できる。
また、別の光の柱が瞬く。
2人。
静かに息を吐く。
微かに草木を踏みわける音が聞こえる。
およそ300m。
間隔を十分にとって横並びに直進してくる。
間違いなく敵は森林での戦闘に慣れていた。
あれだけ離れていると、警告を発する前に2人を倒すのは困難だ。
このまま「網」を絞り込み、獲物(自分)を追い込む手はずだろう。
200m。
左側の方が若干近い。潜んでいる茂みのほぼ真正面だった。
静かにナイフを左手に持ち替え、ジャケットの肩口に仕込んであった
スローイング(投擲用)ダガーを引き抜く。
150m。
地面を踏みしめる音がはっきりと聞こえる。
飛び掛かりたい衝動を必死で抑える。
100m。
深呼吸2回。
ガサリと音を立てて目の前の茂みに脚が突っ込まれた。
今。
全身の筋肉をバネようにして立ち上がり相手の構えていた槍を上方に跳ね
上げ刃を押しつけるようにして喉をかき切る。
のけぞる相手が倒れるよりはやく残る1人にダガーを放つ。
眼窩を貫通したダガーは男を即死させていた。


「これはライエル卿、このような所までわざわざご足労を…」
アーネストを見つけたランザック軍の指揮官が複雑な表情で言う。
正直、迷惑なのだが、相手が相手だけに無碍にもできないといった所だ。
相手の言葉を遮ってアーネストが尋ねる。
「して、賊はどうなりましたか。」
「ご心配には及びません。迷いの森は「からくり」が無ければ我等の庭も同然。
既に3人を倒し、1名を捕縛しました。」
男が誇らしげに告げる。流石、「ランザックレインジャー」と呼ばれる
部隊だけの事はあるな、とアーネストは感心するが表情には出さない。
「残る賊は?」
「はっ、包囲網を逃れた者が数名おるようです。ですが我等に掛かれば時間の問題かと。
お手を煩わせるほどではありませぬ。どうかご安心を。」
与えられた宿舎で大人しくしていろと言う事だろう。
確かに主である貴族を暗殺され、会談予定だったアーネスト達に助力を求めたとなれば
この男だけでなく派閥全体の面子に関わる。
 アーネストとて、非公式の訪問であるだけに表に出るのは好ましくなかった。
「賊の追跡は貴公等におまかせする。それより、捕まえた賊とやらを拝見したいのだが。」
一瞬、相手は怯むがやはりインペリアルナイトの名は伊達では無い。男は渋々案内する。
ガラシールズの北、荒れ果てた荒野の真ん中に臨時の指揮所が置かれていた。
「迷いの森」を一望できる国境付近の岩場だ。
捕まった賊は後ろ手に縛られたまま紐で吊されている。不格好に歪んだ腕の関節が痛々しい。
さらに両脚の膝は砕かれていた。
 すでにガラシールズ兵によって随分と「尋問」されたのであろう。
顔は青黒く変色し、数倍に腫れ上がっていた。
アーネストの言葉にも、無論、ガラシールズ兵の「尋問」にも、賊は一切答えず。
ただまっすぐ前を見つめる。その姿をアーネストは訝しく思った。
 もとより国家の重要人物を暗殺したのだから極刑はま逃がれないにしても、
罵声をあびせるでも、命乞いをするでもない…。
今回の非公式会談の情報が漏れていたのだ。
賊はプロの暗殺者かそれに相当する訓練を受けた者達だろう。
今回の非公式会談は先の大戦で王不在となったランザック王国の有力者に接触する事で
バーンシュタイン王国の影響力を強める事にある。
それをよしとしない勢力は多い。
未だ王位継承の争奪戦を繰り広げるランザック貴族の各派閥。
王都を治めてはいる物の、貴族と反目しているウェーバー将軍。
いずれもバーンシュタインが一部の貴族と結びつくのは面白くないだろう。
「しぶとい奴め!」
ランザック指揮官が捨て台詞を吐いてアーネストの方に戻って来る。
様々な可能性を考えていたアーネストは何気なく賊の表情を見つめていた。
真っ直ぐに前を見つめていた賊の顔が頷くように微かに揺れる。
次の瞬間、腫れ上がった瞼がきつく閉じられた。
「いかん!」
アーネストが愛想笑いを浮かべて近づいてきた指揮官を押し退けるようにして駆け出す。
次の瞬間、賊の頭部は血しぶきをまき散らしながら吹き飛んでいた。
「くっ、まじないだ!見張りは何をしている!」
無様に尻餅をついたランザック指揮官が大声で怒鳴り散らす。
「まじない」とはランザックで言う「魔法」の総称だった
。周囲の兵隊は警戒どころか、完全に浮き足だっている。
魔法が未発達のこの国ではまだまだ魔法はその存在自体が恐怖だった。
「おそらく魔法攻撃ではありますまい。みた所、姿を隠す場所もないですからな。」
アーネストが侮蔑の表情で指揮官に告げる。
魔法は決して万能では無い。対象から500mも離れれば相当な負担が術者に生じる。
まして人一人を確実に殺そうと思えばなおさらだ。
加えて攻撃魔法特有の発光現象はまったく見られなかった。
考えられるのは事前に呪われていたか(口封じのためによくある話しだ)、それとも…
「な、何を申される!他に何がありましょうや?!」
掴みかかるようにアーネストへ詰め寄る指揮官。
だが、次の瞬間、その「何か」を身をもって知る事となった。
よろけるようにしてアーネストに抱きついた指揮官の背中にはクォラル(クロスボウ用の金属製の矢)
が突き刺さっていた。
常に冷静なアーネストですら、驚愕の表情を浮かべずには居られなかった。
その理由は2つある。
1つはこの攻撃が1000m以上離れた「迷いの森」からの狙撃だった事。
強力なクロスボウなら2000m以上の飛距離を持つ物もあるが、あくまでそれは「届く」距離で
あって実際に1000m以上離れた標的を射抜くのは不可能に近い。
そしてもう1つ。
かつて同僚に聞いた「ある男」の武勇伝が思い出された。
その時は1000m以上離れた標的を射抜くなど誇張も過ぎると笑ったものだが…
そこから導き出される推論にアーネストは驚いたのである。
バーンシュタインのランザック介入を快く思わない勢力はもう1つあった。


鳴子の音が森に響き渡る。
その音色に導かれて、ランザックレインジャーの兵達が森を疾走する。
罠に掛かった獲物を逃すまいと。
皆、革鎧の上に汚れたローブをまとっている。
重い両手用武器も、音をたてる金属鎧も彼等には不要だった。
この森が、仕掛けた罠が武器となり、大木や茂みが防具となる。
そんな森林戦のプロをもっても獲物の行動は予想外だった。
まさかガラシールズ方向へ戻り、捕まった仲間を始末するとは。
少人数単位で行動するため正確にはわからないが、すでに何組かが殺られている。
先の大戦での汚名(魔法装置による部隊の迷走)を返上するためにも失敗は許されない。
『ランザックレインジャー』が森林で負けるわけにはいかないのだ。
山賊と狩人あがりの集団とは言え、いや、そうだからこそ彼等なりの誇りが許さなかった。
鳴子が鳴り続けている。
おそらく罠から逃れようともがいているのだろう。
隊員の何人かは捕まえた後の「尋問」に思いを馳せ口元を歪める。
簡単な手振りだけで兵達は音の発信源、小さな窪みを包囲する。
隠れるには格好の場所だ。
素人め…
短い口笛を合図に一斉に飛びかかる。
そこに居たのは鳴子に結びつけられた野ネズミ。
全員がそろって口々に悪態を付く。1人が野ネズミを踏み潰す。
誰もがこの陽動ですでに獲物は脱出しただろう、と悔しがった。
自分達が「集められた」事など、思いもせずに。
数メートルはなれた樹上から放たれた火球が窪地に炸裂する。
瞬間、窪地の中は火炎地獄と化す。薄汚れた外套は発火し、皮膚が焼ける。
中心地点に居た何名かは聴力も失っていた。
半狂乱になって振り回す刃が仲間を切り裂く。
悲鳴と怒号。
突入しなかった弓兵達が樹上に向かって矢を放つ。
枝を折りながら落下する物体に矢が集中する。
トドメとばかりに周囲の兵が殺到する。
幾本もの矢が突き立った仲間の死体が目に入る。
樹上で呪文の詠唱が終わる。
青白い閃光が森を照らし出す。
その時になって自分達が獲物だった事に気が付いた。


「あ〜あ、カレンさんがうらやましい〜」
一緒に薬品棚を整理していた後輩の看護婦が溜息まじりに言う。
「あら、どうして?」
「だってさ、かっこ良くて優しいお兄さんが居るだけでもうらやましいのに、あんな彼氏まで…」
カレンが危うく薬瓶を落としそうになる。
「ち、ちょっと、変な事言わないで。か、彼氏だなんて…。」
真っ赤になって否定するカレンを後輩は意地悪く見つめた。
「今更照れる事ないじゃないですかぁ。
あ、けれどカレンさんにその気ないんなら声掛けちゃおっかな〜?」
保養地として名高いラシェルの村は看護婦養成の場でもある。
当然、うら若い乙女達が大勢いるのだが如何せん人里はなれた僻地のため
刺激的な出来事など皆無に等しい。
その中にあってカレンと「救国の英雄」とのロマンスはかなり脚色されて
ラシェル中に知れ渡っていた。
「ちょ、ちょっと…」
「結構みんな狙ってるんですよ。若くて、格好良くて、おまけに騎士様!
こないだも婦長さんが可愛いって言ってましたし。」
「もう、止めて。手の方が動いてないわよ。」
「は〜い。」
その後もこの好奇心の塊のような後輩から色々と「彼氏」に関して質問されたが、
カレンは適当にはぐらかせた。
その一方で自分が彼について何も知らないという事実を再確認して重い気持ちになる。
一緒に旅をしていた時はそんな事は気にならなかった。いつも彼の無事を祈り、
力強い背中を見て安心した。
言葉は要らなかった。最後の戦闘を前にして彼も同じ気持ちだとわかった時は涙が出るほど嬉しかった。
それで十分だった。
でも…
月に何度かの休暇にしか会えない今となっては違う。
側に居られない分、もっと彼の事を知りたいと思う。
休暇中も時折見せる寂しげな表情を癒してあげたいと思う。
無論騎士という職業柄、口に出来ない事も多いだろう。
それでも自分の知らない彼をもっと知りたい。支えてあげたい。
「後悔しないのか」と兄が言った。
宮廷魔術師の息子であり、ローランディアの騎士。そして、救国の英雄…
どう見ても孤児だった自分が釣り合うとは思えない。
彼が自分を選んでくれても、騎士という立場が、国家の面子が、それを許さないだろう。
王都ではレティシア姫と彼とのロマンスがまことしやかに囁かれていると聞く。
しかも自分は彼より3才も年上なのだ。
それでも良い。彼がラシェルを、自分を訪れてくれる間は支えてあげたい。
「その時」が来たら身を引く覚悟だ。
だからこそ…
もっと彼を知りたい。


爆発音の後、森に煙があがるのが見えた。ここ数時間ではじめての目に見える変化だ。
部隊の指揮を引き継いだランザックレインジャーの副官が青白い顔でアーネストを見つめる。
「ライエル卿、あれは…」
「兵を引いては如何かな?」
「た、たかが数名の賊に…」
そこまで言って押し黙る。アーネストの殺気立った視線に射抜かれ、
即座に一礼するときびすを返した。
部下に命令する震えた声が聞こえる。
「閣下…」
「何だ。」
背後から聞こえる声にアーネストは振り向きもせず応える。
先程まで周囲には何者も居なかったはずだ。
「お許し願えますれば我等が「狩り」ますが…」
「出過ぎるな。貴様等では相手にならん。ムダ死にさせるために拾ってやったのではないぞ。」
「はっ。」
明らかに不満な口調で気配が消える。
アーネストはそれを確認してから大きく深呼吸した。
なんという奴だ。
間違いなく「彼奴」は逃げているのではない。
仲間の仇を討とうとしているのだ。おそらくたった1人で。
わずか数時間の戦闘でランザックレインジャーの戦法を学び、裏をかいているのだろう。
かつてグランシルの闘技場でそうだったように。
戦闘に関するあらゆる技術を瞬時に学び、応用して反撃してくる。
気が付くと拳を握りしめていた。
この自分が恐れている。
どこまで強くなるのか彼奴は…。


木の枝を下からすくい上げるようにしてかき分ける。
この方法が一番物音をたてずに済む。
踏みつける足もほんの少し角度をつけてつま先から降ろすだけで、痕跡も音も抑えられる。
樹木に着いた苔の具合で方向を知る。
4人もの命を犠牲にして学んだ事だ。
踏みしめる度に靴底がぐじゅりと湿った音を立てる。
つい先程までは全身から出血していた。
痛みと疲労で倒れそうだった。
それが今では傷口は塞がり、除々に呼吸も整ってきている。
嫌になるほど良くできた身体だった。
ただ黙々と機械的に森の中を進んでいく。
何人倒したのか覚えていない。
返り血で塗れた髪が生乾きになって額を打つ。
森の向こうに城壁が見えた。
ラージン砦。
大きく深呼吸する。
それは安堵とも諦めともとれる溜息だった。


「そう。残念だけど仕方ないわね。」
「ごめんなさい。こんなに忙しい時に我が儘を言って。」
カレンの言葉にアイリーンが微笑みながら首を振る。
「何、言ってるの。謝るのは私の方。ついついあなたに頼っちゃって。…で、彼にはもう話たの?」
腰まで伸びた美しい金髪が微かに揺れる。
「…そう。手紙でも出せば良いのに。きっと喜んでくれるわよ。彼が次ぎに来る時が楽しみだわ。」
「そうだと良いんですけど…」
アイリーンが笑って付け加えた。
「あの朴念仁が驚く様を見るのは、ほんと楽しみ。」
次ぎの休暇で彼が訪れたら、一緒にローザリアへ行く。
表向きはローザリアの診療所から要請があった事にして。
嫌がられるかも知れない。
迷惑かも知れない。
それでも少しでも近くに居たい。
もっと彼を知りたい。感じたい。
「その時」が来ても彼との思い出がいつまでも色あせないように。


「今回の働きにより与えられる休暇は3日だ。」
右端の文官が宣言する。
いつもの事だ。
中央に立つアルカディウス王を機械的に見つめる。他の騎士達がどうなったのか聞かれもしなかった。
いつもの事だ。
任務には成功と失敗しかない。それに至る過程は関係無かった。
「聞こえないのか、どこへ行くのだ?」
文官を無視する格好で視線を左へと移す。
口元に冷ややかな笑みを浮かべて「宮廷魔術師」が見下ろしている。
貴様の思惑などお見通しだと言わんばかりに。
いつもの事だ。
その通りに行き先を告げる。
束の間の自由…。
自分が「人間」でいる事のできる彼女の元へ。



※本SSはお世話になったサイトに献上した物を転載しています。
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