20th Dunbine



”ナナ・サン・イチ”


− オリジナルオーラバトラーズ −





耳をつんざく轟音。
機械の館に勤務する者達でも思わず振り返る。
ラースワウ近郊に作られた機械の館の1つ。
その外れの一棟で試験が行われていた。
頑丈な金属のハンガーに固定されたオーラバトラー。
轟音はその背中、オーラコンバーターから聞こえている。
聞き慣れたドラムロやバラウのそれとは明らかに異なる騒音だった。
「…12、…13、…14!新記録だぜ!」
騒音に負けないようにコクピットの小男が叫ぶ。
途端、黒煙をあげてコンバーターが止まった。


「お。我らが”螻蛄(オケラ)”殿のお出ましだぞ!」
酔った機械工達が酒場に現れた小男を見つけてはやす。
小男は一瞥をくれると同伴した技師と隅のテーブルに腰を下ろした。
「気にしないで。」
「わかってる。」
対照的にひょろりと背の高い技師は女性だった。
年のころはどちらも20歳前後だろう。
「一応、予定の出力は出たんだし…
 噴射角度を調整すれ…ちょっと大丈夫?」
「ああ、聞いてるよ」
男の額には脂汗が浮かんでいた。
「違うわよ、身体の事。まだ頭が痛むの?」
「大したことねぇよ、酒飲めば治るって。それよりコンバーターだ、
出力レベルが10を超えたあたりから機体の揺れが激しくなった。
連結部分の強化が必要なんじゃねぇか?」
技師は視線を彷徨わせて曖昧に頷く。
「フェラリオに聞いてみろよ!羽根の無い螻蛄がどうやって飛ぶのかってな!」
カウンターから罵声と下品な笑い声が続く。
「…も、もう、休んだほうがいいわ。今日は疲れてるんでしょう?」
「どうせ”ブラザー”を直すのに三日はかかるんだろう?
 むしゃくしゃを晴らすには丁度いいぜ…」
小男が口元をゆがめて席を立つ。
その後はおきまりの乱闘だった。


オーラバトラーという機械にとって当然ながらその羽根は弱点といえた。
別に羽根を動かして空を飛ぶわけでは無いが、
羽根がなくては空中での姿勢制御などおぼつかない。
飛ぶことは不可能だった。
しかも薬品で処理されているとはいえ、
薄い羽根はちょっとした衝撃ですぐに破損する。
オーラバトラーの弱点である生体部品の更なる改良を目的に
造られたのが、試験731号機。
通称”ブラザー”。
特殊強化された黒い装甲と羽根を必要としない噴射式フレキシブルコンバーター。
お陰で、この界隈では”螻蛄”のほうが通りが良い。


「”計画”は順調かな?」
深夜の研究室。
不意に背後から声を掛けられて技師は飛び上がらんばかりに驚いた。
声を掛けてきたのが同僚ならそんな態度はとらない。
それが意中の相手だったからだ。
「は、はい。順調です。昨日の試験ではレベル14まで到達しました。」
「ほう?」
その顔には、その答えが望むものではなかったという微かな失望があった。
技師は…いや、女はその微かな反応を見逃さない。
「明日には修理が完了します。後数回の試験で…”結果”は出せるでしょう。」
待ちかねた最終試験の目処がたったというのに、
技師の口は何故かその報告を一瞬躊躇った。
「期待しているぞ。」
男の冷ややかな指先が頬に触れる。
技師はその行為にどこか冷めている自分を感じていた。


轟音。
開け放たれた館の外に向かって見事なオーラの噴射が続く、
出力レベルは15.
しかも安定していた。
噴射角度と機体重心の調整で、振動は起こっていない。
技師の手元にある砂時計が時を刻む。
「やったわ!」
技師が叫ぶ。
唐突にオーラの噴射が止まった。



「…で、飛行試験は何時なんだ?」
目を輝かせて小男が問う。
その目元には隈が出来ていた。
病室。
男は半身を起き上がらせてベッドの傍らに座る技師に詰め寄る。
試験中に昏倒した男はすぐさま病院に運び込まれていた。
「え…と、まだ。まだ許可がおりないのよ…」
「何っ!またあの頑固爺だな?畜生!」
シーツの端を握り締めて男が悔しがる。
機械の館を仕切る親方とは犬猿の仲だった。
「あ、あの…そのことなんだけど…」
「なんだよ、顔色悪いぜ?」
「試験…十分な出力が得られたから、
 後の試験は”ラースワウ”の方でやりたいって…」
「…」
「わ、悪い話じゃないと思うのよ、私達の実験が認められたわけだし、
 もっと設備の整った人達がやれば実用化も…」
うつむきながら一気にまくし立てる技師を男は穏やかな表情で見つめる。
「…あんた、優しいな。」
びくりと技師が顔を上げた。


731。
かつて地上界に存在した悪魔の名。
その名を冠する機体は『生体部品の改良』を目的につくられた。
計画に飛行試験は無い。
なぜなら…

搭乗者もまた試験すべき「生体部品」であるからだ。

搭乗者からどこまでオーラを引き出す事ができるか…
搭乗者が死ぬまで計測する事。
それがその名を冠した理由だった。


翌朝。
夜明け前のラースワウに轟音が響き渡った。
何事かと窓を開けた住人達は
天に昇る1筋の光を見た。

搭乗者のオーラを吸いつくした機体は数分後、地上に落下した。
薬物処理で硬化した装甲はガラスのように砕け散り
乗員はもとより、計測機器の回収も不可能だった。
独断で飛行試験を行った技師がどうなったのか、
何故男は命をかけて天を目指したのか、
今となっては知る由も無い。

ただ…

後に「バストール」を生み出すきっかけとなった機体、
螻蛄とよばれたその機体が空を飛んだ事は紛れも無い事実だ。








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