20th Dunbine



”アルブリオ”


− オリジナルオーラバトラーズ −





薬物の鼻を突く激臭。
吐き気をもよおす肉の焼ける臭い。
その”機械の館”は一夜で燃え尽きていた。
「堪らねぇなこりゃ・・・」
顔を顰めながら外套姿の男が呟く。
周囲では近隣の住民達が総出で後片付けを行っていた。
・・・・キィィン
現場を検分し、遺体の並べられた一画に屈み込んでいた男が天を仰ぐ。
オーラバトラーだ。
『おい、貴様!』
降り立ったオーラバトラーから外套姿の男に怒気を含んだ声が放たれる。
『賞金稼ぎ風情が現場に立ち入るとは何事か!』
「待ち伏せが空振りに終わったからといって
 ”賞金稼ぎ風情”に当たらんでくださいよ!騎士殿!」
『っ?!何だとっ!』
周囲の目がオーラバトラーに注がれる。
機械の館を標的とした夜襲はこの所頻繁に起きている。
それは占領されて間もない住民達にとって
新領主たる騎士の無能故と写っていた。
現にこうして待ち伏せのために警備を減らされた別の館が被害にあっている。
騎士は騎士で、毎度裏を書かれるのは住民が内通しているからだと
公言して憚らないので、両者の溝は深まるばかりだ。
新領土を機械生産の拠点とする計画は遅れに遅れている。
その責任を問われるばかりか、
調査の為に本国から派遣された特務騎士が
こうして我が物顔に領地を闊歩しているのだ。
面白くないわけが無い。
ここで騒ぎを大きくするわけにもいかず立ち尽くすオーラバトラーを尻目に
その特務騎士、外套姿の男がニヤニヤと笑って踵を返した。


国が滅んでも、王侯や騎士が逃げ延びて
再起を期すというのは良くある話だ。
どうにも一般大衆というやつはこの手の話が好きらしい。
大体、そういう噂は実態が無く、捕まえてみれば便乗して
名を騙っただけの詐欺師紛いというのが関の山なのだが…。
「わからねぇなぁ・・・」
外套姿の男が思わず口に出す。
この国が敗れて数ヶ月。
ようやく”新領土”として統治がはじまった矢先に、
”夜襲”ははじまった。
進駐した機械化部隊や機械の館を狙って。
表向きはガロウ・ランによるものとの発表がなされているが、
民の間には戦死したはずの元領主、
亡国の騎士の仕業だという噂が流れていた。
幽霊だとも、落延びて生きていたのだとも言われている。
残された忘れ形見の悲話もあって、ますます噂は広がるばかりだ。
「襲撃は必ず夜だ。しかし、ガロウ・ランの仕業とは思えねぇ・・・」
「どうして?」
どこからか可愛らしい声があがる。
「現場を見てわかった。ありゃぁ、盗みを働いた後じゃない。
燃えるに任せたって感じだ。遺体も綺麗なもんだったしな」
「なるほどぉ」
「だが、騎士なら何故夜襲なんだ?」
「人数が少ないんじゃない?1人とか。」
「待ち伏せの情報がここまで筒抜けなんだ、かなりの数協力者がいるはずだ。
 それに協力者の手前、無様な真似はできない。
 ・・・騎士って生き物はそういうもんなんだがなぁ…。」
そう言って男が黙り込む。
新領主も男も、協力者の尻尾を掴もうと必死だった。
騎士にしろ詐欺師にしろ、その先に目ざす首謀者は居るはずだから。
だが、どんなに策を講じても1人として”協力者”は発見できていない。
繰り返される夜襲…そして見つからない協力者…
「どうしたの?」
「…その騎士の乗っていたというオーラバトラー。
 取るに足らん旧式だと聞いていたが、
  もう一度調べてみる価値はありそうだぜ。」




感じる。
降り注ぐ微かな天魚の明りも、流れる風も。
…
…地上で待ち構えている”殺気”も。
黒い巨躯が静かに空を飛ぶ。
夜空に溶け込むような黒に近い蒼。
オーラバトラー”アルブリオ”。
その元となったのは夜行性の強獣だ。
特徴的なその「角」は、部品となってからも機能していた。
搭乗者にコモンには見えないもの、聞けないものを
明確に伝えてくれる。
…屍肉の臭いも。
夜行性ということ以外、ほとんど知られていなかった
この強獣の生態。
彼等は闇に生き、屍肉を漁る獣であったのだ。
大量にこの手の臭いを発する「機械の館」は
文字通り、目を閉じていても嗅ぎ付けることができる。
その両手には砲弾を改造した手投げ弾が握られていた。
待ち伏せの殺気を迂回して今夜の獲物を物色する。
…
先日は感じなかった臭いを感じる。
新しい機械の館か。
どこに隠そうともこのアルブリオからは逃れられない。
…小賢しい…
ドス黒い感情が沸き起こる。
憎い。
全てが憎い。
この国を滅ぼした敵も、
抗じること無く手を貸している民衆も。
王が死に、騎士が倒れ、国が滅んだというのに…
ニクイ。
身体が石のように冷たくなっていく。
スベテガニクイ。
更に冷たい手投げ弾の感触。
イィィィ・・・
感覚の全てがアルブリオと同調する。
狙いを定め急降下に入る。
機体が風を切り裂き、小さく甲高い音を立てる。
その音はまるで悲鳴のようだ。
いや、慟哭か。
・・・
・・
・
「!」

不意に鋭い気配が地上に現れる。
一瞬の後、火線が放たれた。
急降下にはいった機体ではかわす事ができず被弾する。
衝撃。
無様に体勢を崩して落下する。
樹木をなぎ倒して墜落する。
衝撃で手投げ弾が爆発した。


・・・
全身がバラバラになりそうな衝撃。
羽根の焼ける異臭。
機体のあちこちを燻らせながら
アルブリオが炎の中から這い出る。
「!」
『観念して降りて来い。』
目の前にオーラバトラーが立っていた。
そこから聞こえるのは外套姿の男の声だ。
『そこいらの騎士殿よりは剣に覚えがあるんでね。
 気配を消すことくらいはできる。』
「…」
『その機体、気配を察するとは対したもんだ。
 だが、己の殺気を消せぬとは。件の騎士ではあるまい。』
どんなに躍起になっても”協力者”が見つからないはずだ。
もともと情報など漏れていなかったのだから。
ゆっくりとアルブリオが立つ。
砲弾を握っていた両手は既に無い。
残った腕の先からだらりとマルスがたれ下がっていた。
「ー!!!!」
『なっ?!』
アルブリオの頭部に1本あるはずの「角」が
その機体には3本あった。
本来”目”があるはずの場所に小ぶりの角が1本づつ。
その三本を突き立てるようにしてアルブリオが突進する。
それだけなら男は慌てはしない。
同時に目眩にも似た感覚が男を襲った。
…
やり場の無い怒りと悲しみ、そして憎悪。
己に対する震えがくるほどの嫌悪感。
圧倒的な悪しきオーラ。
暗い。どこまでも暗い深淵の闇が
男の心に入り込んでくる。
そして、
死への渇望。

「「だめぇぇぇぇぇ!!!!」」

”相棒”の声が一瞬で呪縛を解く。
「っく、ぉぉおおおおっ!」
強張った全身の筋肉を強引に動かす。
間近に迫ったアルブリオの角が天光を鈍く反射する。
それはまるで剣のよう。
「!!」
身体に叩き込まれた剣の技が反射的に機体を操る。
オーラバトラーが両腕で構えた剣を反すように上へ振り抜く。
斬。
”ぎぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!!!!!”
一際長い中央の角が両断され宙に舞う。
残った2本の角がオーラバトラーの脇腹を掠める。
聞こえるはずの無い獣の声と共に両機はもつれるように倒れこんだ。



元領主の娘というのは、領境にひっそりと住んでいた。
頭に包帯を巻いた外套姿の男が屋敷を訪ねると、
中から老人が現れる。
「あんたがアレを造ったんだな?」
開口一番、そう切り出すと老人は目を見開いた。
「そうだ…お嬢様はどうしたのだ…」
「アレと一緒に焼いておいた。誰にも何も判らんようにな」
「…そうか…」
夜明けになってもアルブリオが戻らない時点で
その老人、元王国一の機械工、は覚悟していたのだろう。
あの機体が、その搭乗者が、
討たれたのだと。
ゆっくりと頭を垂れる。
「誰も盲(めしい)た娘が父の仇討ちに
 夜な夜な機械に乗り込んでいたとは思うまいよ…」
「何故、わかったのだ?」
「アレは気配を感じ取るどころじゃない、人の心にまで入り込んできやがった。
 お陰で此処もアンタの事も知る事ができたわけさ。
 それが改良された機体の性能なのかあの娘の力なのかわからんがね」
老人が何度か浅く頷く。
「旦那様は…アルブリオの開発をワシにお命じなさった。
 その目的の一つは、お嬢様に機械の力で光をお与えになろうと…
 落延びたワシはお嬢様の頼みを断りきれなかった。
 旦那様の無念を晴らすのだとな…」
「アンタに済まなかったと伝えて欲しいそうだ」
「…そうか。お嬢様が…」
「これからどうする?それほどの技があればどの国でも雇ってくれるだろう。
 何なら俺の雇い主の元へ連れて行ってやってもいい。」
老人が顔を上げる。
そこに迷いは無かった。
「アルブリオを焼いたということは、お主も同じ考えじゃろう?
 あれは世に出すものではない。ワシは旦那様の元へ逝くとするよ。」
男は無言のまま頷いた。



「ねぇ…」
街への帰り道。
外套の内側からぴょこんとミ・フェラリオが顔を出した。
「ん?」
「あの子…可哀想だったね」
「ああ。世間は残酷だからな、生きていくためには直ぐに古いものを忘れる」
国が敗れようが、領主が変わろうが、
人々は生きていかねばならない。
だから民は逞しい。
それを認められない者は死ぬしかない。
環境に順応できない生き物は死に絶えるだけの事だ。
「…大丈夫…だよね?」
戦う事、機械に乗る事、
いつかああなってしまうのではないかという不安。
同姓であるが故に
男より深く娘の心を覗いてしまったであろう相棒。
その小さな頭を優しく撫でてやる。
「俺は独りじゃないからな…」
「うん」
男の指に微かだが確かな温かさが伝わる。
守るべきものがある限り
機械に”呑まれる”ことはない。


騎士とはそういう生き物だから。




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