「悪しき存在」の排除。
混乱の中でコモンは拠り所を求め、残された技術に縋った。
「導き手」を失った今、その行き着く先は誰も知らない。
耳をつんざく異音。
強獣の鳴き声の方がまだマシだ。
話しに聞いた「空襲警報」というやつか。
「なんだってんだ、一体…」
寝入った途端を起こされて、我ながら情けない声が漏れる。
窓の外が明るい。
いや、赤い。
形ばかりの薄いカーテンの向こう。
眼下の街が燃えていた。
「頭の上に来てから騒いだって仕方ねぇだろうに。」
幾本かの光の柱が敵を求めて夜空を彷徨う。
ここから見る限りそれは綺麗な光景だった。
「良く眠れたようだな。」
「お陰様で。」
翌朝。開口一番、基地指令が嫌みを言う。
狸親父め。
「昨夜はまだマシな方だぞ。侵入したのは5・6隻だろう。
いつもの「嫌がらせ」だ。知っているとは思うが…」
壁に張られた地図に赤い線が何本か引かれている。
海の向こうからわざわざ爆弾を落としに飛んでくるのだ。
アの奴等もご苦労な事だ。
「…以上だ。何か質問は?」
「はい?」
聞いてなかった。
農場を接収した防空基地。
とにかく人が足らない。
お陰で俺みたいなのが機械に乗せられるし、
怒鳴る事しか知らない狸親父が司令におさまってやがる。
でも、「これ」に限っては人手不足に感謝だ。
「聞いてるのか?」
「聞いてるよ。要はアの連中を叩き落とせば良いんだろ?」
形の良い眉が寄る。
美人はしかめっ面も違うもんだ。
これで鎧姿で無きゃ最高なんだが。
「貴様の狙うのはオーラシップでは無い。その先導機だ。その1機だけに集中しろ。」
「なんだ、それで良いのかよ。了解、隊長殿。俺にかかればアのボロ船なんて一発だぜ。」
「オーラシップでは無いと言っている!
貴様の機体がどれほどかは知らんが、油断するな。相手はあの『銀鱗』なのだぞ。」
「誰だよそれ?アンタより美人かい?」
美人は平手の威力も違った。
◆
出撃前、王座を前にして騎士達が集う。
これだけは今も変わらない。
それを嬉しく思う自分が居た。
いや、自分が嬉しく思うのは空の王座なのかも知れない。
「…あの…」
「ああ、済まない。」
参謀が挨拶を求めている。
作戦の責任者とは言え、元は財務官だ。
戦陣の訓には役不足だろう。
「諸君。来るべき大作戦に備え、敵の防空基地を無力化するのが今回の目的だ。
各位が全力を尽くせば必ずや勝利は我等の物となるだろう!アの国に勝利を!」
鬨の声があがる。
自分のようなオイボレでも少しは役に立つという事か。
機械の館。
その中央に巨大な異形が鎮座する。
我が愛機。
「三番コンバーターの出力が上がりません。」
寝ていないのだろう。かなりの疲労を滲ませて整備士が告げる。
どこも同じだ。第一線の人間達が一夜にして居なくなった穴は大きい。
ましてこの「ブブリィ」は初期図面だけから無理矢理組み上げた機体だ。
無理もない。
「上がりませんって、一番も不調なままでしょう?!右側が全部ダメでは速度が上がらないわ!」
少女が喰ってかかるのを制する。
「やめぬか、彼等とて力を尽くした結果なのだ。構わぬ。弾薬をその分減らせば良い。」
「そんな?!」
「どのみち我等に追いつける敵は居らん。違うかね?」
「と、当然です!」
段々と孫ほども年の離れた「相方」の扱いにも慣れてきた。
戦いは大きく変貌していた。
かつて機械の登場がそうであったように。
いや、それよりも異質に変化したかも知れない。
最初にその戦法を思いついたのはナの国だった。
残された技術でも生産可能なオーラシップ、ナムワンによる爆撃。
不慣れな乗員でもただ飛ばし、爆弾を落とすだけなら出来る。
迎撃するオーラマシンにも事欠く現状では有効な戦法だった。
危機は人を強くする。
爆撃にさらされたアの国は実験段階だったオーラファイターを完成させた。
攻守は逆転し、より大規模なアの国よる長距離爆撃によってナの国は大きなダメージを受けている。
敵の都市に対する夜間の無差別爆撃。
そこに騎士道は無い。
「右前方、第3船団。接近します」
夕焼けの洋上上空。
船団とは言っても随分と「隙間」の多い船団だ。
まだ密集体形を維持できる練度では無い。
かと言って単独の航行では航法に不安がある。
結局ナの海岸線付近まで「迷わないように固まっている」だけだった。
「発光信号です。…『本日モ出来立テヲ満載。配達先ノ指示ヲヨロシク』…ですって。」
ふふふと笑って前席の「相方」がカタカタと返信する。
一緒に訓練を受けたのだが、やはり若い者には勝てない。半分も読みとれなかった。
「何と返答したのだ?」
「はい。当方の好みはブルーベリーパイ。差し入れよろしく、と。
あ、あの艦の艦長さんパン屋さんなんです。」
「なるほど、それで「出来立て」に「差し入れ」か。」
訓練を受けた信号表にはどちらも無い言葉だ。
平民の逞しさというやつか。
パン屋と轡(くつわ)を並べる…おかしな時代になったものだ。
いや、おかしな時代だからこそ自分のような人間がまた戦場に立てるのか…
「すみません。出撃中に、不謹慎でした…」
沈黙を誤解したのか相方が声を落とす。
彼女は彼女なりに私に気を使ってくれているのだ。
「いや、そうではない。私も…そのパイを食べてみたいと思ってな。」
「え?…は、はい!是非。」
「その為にも生きて帰らねばな。」
少女の気持ちを代弁するように、ブブリィのコンバーターが一際高く嘶いた。
◆
黒々とした影が大きく視界を覆う。
これでは外す方が難しい。
夜目に鮮やかなオーラキャノンが影に吸い込まれる。
一瞬の後、影の内部から光が広がり、巨大な火球と化す。
爆弾を満載したナムワンは風船と同じだ。一刺しで簡単に破裂する。
「どんなもんだ!3隻目撃沈!!」
『馬鹿者!貴様の相手は先導機だろう!何をしている!』
見れば直ぐ隣りに美人の乗る「フォウ改」が居た。
爆撃艦迎撃のために急造されたオーラファイター…と言えば聞こえは良いが、
要は合体機構を省いた廉価版ウィングキャリバーだ。
「どこに居るんだよ、そいつは!」
『ついてこい!』
言ってくれる。
試作機と予備部品の寄せ集めとは言え、腐ってもこっちは「ビルバイン」なんだぜ。
まぁ、美人の尻だ。素直について行こう。
『見えた!あれだ。正面!』
数個の火球が花火のように夜空を照らす。
騎士団のボゾンが一瞬でやられたのだ。
その先に見える緑色のオーラ光…あれか!
速い!
気を抜けば見失ってしまうほど機動性が良い。
疎らな火線を見事に回避して遠ざかる。
『だめだ!』
その叫びには追いつけないというあきらめと、
逃がしてはいけないという焦りが一緒になっていた。
それが無線を通じて、いや、機械によって増幅されたオーラによって痛いほど感じる。
「どいてろ!」
小さく見えるオーラ光をめがけて引き金を引く。
機体上部の連装オーラキャノンが火を吹く。
ズシンと機体が押し戻されるような衝撃がはしる。
光が闇に吸い込まれる。
外れだ。
「畜生!」
だが、緑のオーラ光は急上昇をかけそして…
こちらへ反転してきた。
どうやら俺同様、売られた喧嘩は買うタチらしい。
◆
「ど、どこですか?!」
「落ち着け。相手は遠い。当たりはせんよ…」
今の攻撃はオーラキャノンだ。
機動性の高いブブリィにはそうそう当たるものでは無いが、船団のナムワンには脅威となる。
ちらりとパネルに埋め込まれた時計に目を落とす。
夜行塗料の淡い光があと10分ほど作戦に余裕がある事を示していた。
「墜とすとしよう。反転しろ…そのまま…」
ブブリィが上昇に入りながら旋回する。
目を閉じる。
どのみちこの夜闇では視覚は役に立たない…
剥き出しの敵意が感じられた。
若いな。
「止めろ!少し右へ戻せ…よし!正面!」
「見えました!」
見慣れた「フォウ改」の弱いオーラ光に寄り添う、明らかに違う力強い光。
「行きます!」
ブブリィが一気に加速する。
ついこの前まで戦闘に怯えていた少女とは思えない。
「撃て。」
ほぼ同時にブブリィのオーラキャノンが火を吹く。
牽制だ。
2機編隊が左右に別れる。
やはり左側、フォウ改が遅い。
「左!掴め!」
「はい!」
ブブリィが右方向へ機体を捻る。
機体が右旋回に入ると同時に左下部の有線式フレキシブルアームが上向きになる恰好だ。
鈍い衝撃と共に射出されたアームを少女が必死に操作する。
同時に機体は右旋回に入っているのだ。
我ながら無茶な要求をしている。
だが遠心力を利したこの戦法は避けるに難しい。
「やりました!」
「右から目を放すな!撃て!」
「はい!」
誉めてやりたい気持ちを抑えて指示を出す。
旋回に入った上にフォウ改を鷲掴みにしたブブリィは速度が目に見えて落ちている。
気を抜くわけにはいかない。
◆
美人の悲鳴。
これに振り向かない男は居ないだろう。
狭いコクピットで振り返る。
デカイ。
ナムワンほどでは無いにしろ、その速度からは想像もつかないほど相手は大きかった。
これが先導機、オーラボンバー…
短距離迎撃を目的としたオーラファイターと違い、
多人数搭乗による確かな航法と航続距離の飛躍的増大を実現した次世代オーラマシン。
こんな物が量産され、ナムワンの代わりに爆撃の主力となったら・・・
一瞬、背筋を寒い物が走る。
ほんの一瞬だ。やはり戦の事より、まず美人の事。
「大丈夫か、隊長!…うおっと、危ぇ。」
急旋回に入ろうとした所をオーラキャノンが一閃する。
畜生、やってくれる。
ビルバインの物より小口径の連装式オーラキャノンだ。
威力は落ちるが高機動戦で必要なのは弾数と速射性。
悔しいが向こうに分がある。
しかも、今の一撃で頭を抑えられたビルバインは真後ろにブブリィが居る格好だ。
かなり分が悪い・・・
尻を追うのは好きだが、追われるのは好きじゃない。
◆
「残弾が少ない。接近して仕留めろ。」
「了解。」
どうやら見込み違いのようだ。
勢いだけの若者か。
僚機を盾にとられ混乱しているのか、左右にかわすだけで機動が鈍い。
それではこのブブリィは振り切れない。
段々と距離が狭まっていく。
その時。
「何?!」
「きゃ!」
がくりと敵が上へ反転した。
いや、反転などという生やさしい物では無い。
急角度で、上向きに裏返ったのだ。
あり得ない機動だった。
◆
急激なGが身体を圧迫する。
目の前が暗くなる。
「くおおぉぉ〜」
叫んだつもりがうめき声にしかならない。
ビルバインの利点。
脚部を「曲げた」のだ。
機体に無理は承知だが、あのデカ物の裏をかくにはこれしか無い。
視界がぐるりと回転し、逆さまになった(自分が逆さまなのだが)相手が真正面に見える。
その下に捕まれたフォウ改も。
Gに逆らって変形レバーを引く。
誤操作安全機構のロックがかかる。
馬鹿野郎。
力いっぱい引く。
鈍い音を立ててレバーが取れた。
◆
「オ、オーラバトラー?!!」
「!下だ、潜り込まれたぞ!」
ブブリィは大きい。
そのコクピットから見える範囲は限られている。
まして変形するオーラマシンなど聞いた事が無かった。
不覚。
「きゃぁぁぁっ!」
がりがりと嫌な音を立ててブブリィが振動する。
「腹」を「裂かれて」いるのだ。
その事実が血を熱くする。
「潰せぇっ!!」
自分の腕で操縦が出来ない事をこれほどもどかしいと思った事は無かった。
◆
惨敗だった。
迎撃にあがったオーラマシン。
フォウ改12機中7機。
ボゾン8機中7機。
グナン10機中4機が戻らなかった。
員数あわせのオーラボム、グナンは別にしてもその大半はあのブブリィにやられたのだ。
こちらの戦果はナムワン8隻。
さらに何隻かは洋上で墜落しただろうが、物の数では無いだろう。
「畜生…」
もう、何度も繰り返した自分に対する呪詛を繰り返す。
基地は・・・壊滅状態だった。
奴らの狙いはここだったのだ。
俺を、ビルバインを倒したブブリィは、基地の上空で「花火」を落とした。
色とりどりの信号弾の塊だったそうだ。
周囲のナムワンはその輝きに殺到した。
光に導かれる蛾のように。
最初の爆撃で燃え広がれば、後は盛大な目印になる。
爆撃は朝方まで続き、基地はただの荒れ地になった。
美人の隊長も、あの狸指令も。
誰も助けられなかった。
あと一歩の所で握り潰されるフォウ改の光景が頭に蘇る。
畜生。
◆
「そうか…パン屋は戻らなかったか。」
「はい。すみません、せっかく…」
そこで言葉が途切れる。
まだ人の死を冷静に受け止めるには若過ぎるのだろう。
「謝らなければならないのはこちらの方だ。我々騎士がしっかりしていれば、
そなたやパン屋のような平民を戦場へ狩り出す事も無かろうに…」
「…そ、そんな!謝るだなんて。私、嬉しいんです
小さい頃から銀鱗様のお話を聞いて育ちましたから…
なんだか自分も勇者になったみたいで。きっとパン屋さんもそうだったと思います。」
「そう言ってくれると助かる。まだまだこれから戦は厳しくなる、そなたらの助力が必要だ。」
言葉とは裏腹に苦々しい想いが胸に広がる。
勇者。
確かにそう呼ばれたいと願った事もある。
出来ぬ事など無く、ただ騎士道を盲信していた若き日に。
あの頃は何の迷いもなく、騎士でいる事ができた。
あの日、「銀鱗」と戦うまでは。
悪名を馳せたあの強獣を倒す事で私は勇者と呼ばれ、その名を受け継ぎ、今の地位を得た。
しかし、この少女は考えた事があるだろうか。
名声と引き替えに手足を失った者の虚しさを。
馬にすら乗る事がかなわなくても騎士である事を求められる惨めさを。
戦いは、戦場は英雄譚のように華々しくは無い。
勝つも負けるも。
その「業」を背負うからこそ、騎士は尊ばれるのだ。
そう信じるからこそ生き恥をさらしてきた。
それさえも平民と分かたねばならぬ今…
騎士である事に何の意味があると言うのか。
◆
傷だらけの愛機。
ただでさえ不安定な「寄せ集め」を酷使した結果としてはマシな状態だったかも知れない。
あの時。
ブブリィのアームで捕まれた瞬間。どうにかコンバーターの一部を犠牲にして逃げる事ができた。
一瞬遅れたら、アームに内蔵された火器で射抜かれていただろう。
それでも、その引きちぎられた痛々しい断面が自分を責めているように思う。
こんな気持ちは初めてだった。
戦争が、国がどうなろうと知った事かと思っていた。
いや、今でもそう思っている。
貴族は偉ぶり、騎士は媚び、ただ血筋や家柄だけが物を言う世界。
くそくらえ。
海の物とも山の物とも知れぬ段階だったコイツのテストパイロット。
死んでも良い人間。
貧乏騎士の三男坊。
生まれた時からの冷や飯喰い。
満足に文字の読み書きも出来ない自分が機械を操れる事を知った時。
正直これで成り上がれると思った。
社会に不満もあるが、温かい食事と高級な寝台で寝れるなら文句は無い。
最初は本気でそう思っていた。
だが…
開発を続けていくうちに本気でコイツに惚れ込んだ。
生まれて初めて「打ち込める」物を見つけた。
何度墜落しても、腕を折っても、コイツを完成させるためなら怖くなかった。
俺のような人間でも、コイツは空を飛ばせてくれる。
それで十分だった。
もっと速く、もっと高く。
…やっぱり世の中はクソッタレだった。
ようやくにして完成したコイツは、どこかの誰かに渡されてしまった。
一切他言無用。俺は「冷や飯喰い」に逆戻りだ。
今更動かせる人間が居ないから乗れ。
国を守れ。
馬鹿らしい、どうなろうと知った事か。
そう、思っていたはずだった。
◆
名の知れた自分が出撃する事。
それだけで士気を鼓舞できる。
最初はそうだった。
だが、ブブリィは、この少女は、自分がまだ戦える事を教えてくれた。
1人では生きていく事さえ出来ない自分が。
「緊張しているようだな。肩の力を抜け。先はまだ長い。」
「す、すみません。」
同じ機体に乗っていると、何となく相手の事が判るようになる。
逆にそうでなければ相方など務まりはしない。
つまりは、この少女も私の「迷い」に気が付いているのだろう。
「恐怖は恥ずべき事では無い。あの機体。変形するオーラバトラー、
ビルバインといったか。あれはまた来る。」
「正直、怖いです。あの機体。今までには感じた事の無い力を感じます。」
並み居る男共を差し置いてブブリィのパイロットに抜擢されたのだ。
やはり鋭い物をもっている。
「そうだな。だが、あやつは1人だが、こちらは2人。
…もっともこんな気むずかしい爺では頼りにならんかな?」
「そ、そんな!」
言ってそれが冗談だと察し、くすくすと笑う。
どうやら肩の力は抜けたようだ。
『こちら第5船団、お待たせしました。合流完了。』
タイミング良く無線が入る。
100隻を越える大艦隊。
その先陣をブブリィが務める。
老体には身に余る晴れ舞台だ。
「さて…行くか」
「はい!」
翡翠色のオーラを引いて、ブブリィのコンバーターが吼える。
一気に大艦隊の先頭に出る。
それを合図に全艦隊が前進を開始した。
目標はウロボロス。
ナの象徴。
そこに住む者と共に灰燼と帰すために。
◆
夜空。
その暗闇から地上を見下ろす。
僅かに残ったサーチライトが空を行き交う。
影絵のように浮かび上がる「はぐれ」ナムワン。
それに群がるボゾン。
違う。
ヤツはどこだ。
目標地点のマーキングが目的なら、地表を確認できる低高度を来るはずだ。
しかも夜間飛行でも確認の容易な陸標…
迷わないためには…
河川…!
視線を大河に向ける。
銀色に輝く光の中。
微かな緑色のオーラが確かにあった。
◆
「来るぞ。直上。引き付けろ。」
「りょ、了解。」
突き刺すような殺気を感じる。
どうやら剣の心得は無いようだ。
これでは相手に声を掛けているに等しい。
「合図と同時に急上昇だ。一気に振り切れ。」
高高度からの急降下。
策としては悪くない。
だが、そうせねばブブリィに追いつけぬほど機体が癒えていない証だ。
ほぼ逆落としに接近してくる気配を感じる。
よし、あと一呼吸…
異音。
振動。
警告ブザーが鳴った。
『三番コンバーター停止』
◆
急にブブリィの進路が変わる。
一瞬気付かれたのかと肝を冷やす。
違った。
右舷のコンバーターが煙を出している。
無理を重ねているのはどちらも同じらしい。
兵法なんぞは知らないが、喧嘩なら良く知っている。
弱みを見せた方が負けるのだ。
「墜ちやがれぇっ!」
オーラキャノン発射。
急降下の加速とオーラキャノンの反動で、機体が悲鳴を上げる。
『キャノン装弾不良』
スライドレールが逝っちまったらしい。
砲が元の位置まで戻らないのだ。
構う物か。
ブブリィの右コンバーターと引き替えだ。
悪くない。
◆
射抜かれた右コンバーターは完全に沈黙した。
片肺となったブブリィがよろめく。
そこへオーラバトラー形態へ変形したビルバインが「着地」した。
すかさず機体下部の補助コンバーターを全開にしてブブリィが踏ん張る。
振り落とされまいとビルバインがクロウアームを射出する。
その様はまるで暴れ馬を操る騎士のようだった。
◆
「おのれ!」
頭上に剣を逆手に構えるビルバインが見える。
反転して振り落とせ、と指示を出そうとして気が付く。
この高度での反転は自殺行為だ。
急加速で振り切るには出力が足りない。
フレキシブルアーム!
「潰せ!」
「はいっ!」
震える声で少女が即答する。
高速性を実現するために手足を持たないブブリィ。
それを補うためのフレキシブルアーム。
フレキシブルであるが故に。
抵抗を減らすため機体下部に収納されているが故に。
機体に不安定なGが掛かった状態で、「直上の敵」を攻撃するには数秒を要した。
警報ブザー。
それと頬を打つ激しい風。
意識が次第にはっきりとなる。
目の前の暗黒。
そこに見えるのは手の届きそうな銀色に輝く水面…
高度警戒警報かっ!!
すかさず義手を非常用操縦装置に連結する。
体重をかけるように引く。
重い。
ひどく重い。
歯を食いしばる数秒。
警戒警報が止んだ。
上昇に入れたまま周囲を見る…
周囲では目まぐるしく警告灯が点滅している。
コクピットの前半分が無くなっていた。
お針子。
自分の縫ったドレスで式を挙げるのが夢だと。
その時はこの芋虫のようなオイボレにも参列してほしいと言ってくれた。
家族を爆撃で失い、仇を討つためにマシン適性検査に志願したという少女。
滲む視界で時刻を確認する。
まだ間に合う。
この瞬間、全船団がこの空域に集い。
爆撃目標を指す集束信号弾の合図を待っている。
…
まだ私は…
…
機械の戦に騎士道は無用、と自分を偽って来た。
ブブリィの「部品」の如き有様であっても戦場に立てる事を欲した。
戦場に立ってこそ騎士だと。
騎士道を捨てながら騎士である事を欲したのだ。
…
その結果、自らの手を汚すことなく毎夜民を無差別に殺してきた。
前途ある若者までも…
今また数千、数万の民の命を奪おうとしている…
…
機体の振動が激しくなる。
至近距離で四散したビルバインの破片が機体のあちこちに食い込んでいた。
そしてその左脚はまだブブリィにしっかりと踏ん張っている。
この機体も長くは無いだろう。
暗闇の中、正面にさらに黒々とした城影が見えた。
ウロボロス。
敵の本城と刺し違えられれば騎士の本望か…
…
まだ、私は…
『見えた!信号弾!各艦、無線封鎖解除!』
『よっしゃー!待ちかねたぜ銀鱗さんよ!第2船団!俺に続けー!』
『第3船団、投弾コースに入れ。各艦、衝突に注意。対空警戒を怠るな。』
『みんな!ぬかるんじゃないよ!』
『第5船団、投下!投下!投下!』
その夜。
ウロボロス郊外の農場が徹底的な爆撃を受けた。
アの国はこれを「警告」であると公表し、
ナの国は「秘密兵器」による迎撃の成果であると反論した。
空爆地点に墜落した2機の残骸は原型を留めぬまでに破壊され、回収は出来なかった。
ビルバインとブブリィ。
機械技術が再びその水準に達するまでさほどの時間は要さないだろう。
…だが…
「騎士」が再び夜空を駆ける事は永遠に無い。
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