20th Dunbine



”Khimaira”


− バイストンウェル 仮想戦記 −



人の数倍はある剣と剣がぶつかる。
衝撃と共に機体が押し戻される。
「ちっ」
青いオーラバトラー、ビランビーを操る女戦士が舌打ちをして素早く機体を引かせる。
こちらの斬撃を受けた相手の剣が直ぐさま横殴りに一閃する。
そのわずかの隙に再度突きを入れようとするが、コンバーターの加速が足らない。
突き出した切っ先は易々と弾かれた。
空中での戦闘では踏ん張りが効かない。その分、機体の性能が物を言う。
体勢の崩れた所を逆に相手が突いてくる。
「!」
下方へ捻ってかわそうとするが、またしても機体の反応が遅い。
鈍い音を立ててコンバーターの側面を貫かれた。
「まだっ!」
振り向き様、相手の胴を払うように剣を振るう。
手応えはあった。
が、捉えたのは相手の脚。
反撃を予想した相手は貫いた剣を支点に上方へと移動していた。
突き刺さったままの剣が相手の重さを受けさらにコンバーターを裂く。
勝負はついた。

"浮上"によって戦況は激変していた。 機械化の遅れていた事が幸いし、ナの国はいち早く反撃に転じたのだ。 ラウ・ミの残党軍も糾合し、アの戦線は大きく後退しつつあった。 アの国にとっての"ラウ"は失われようとしている。 「おう、英雄のご帰還か。」 "鍛冶場"に姿を見せた女戦士を"親方"が出迎える。 「そんな気分じゃないわ。」 「ほう、奴の片足を奪ったと聞いたが?」 女戦士が睨むように見る。 「部下2人と引き替えにね。喜べると思う?」 「ヒヨっ子と寄せ集めの機体にしては悪い取引じゃなかろう。  お前さんは良くやっとるよ。」 「やめて。」 自分を気遣っての事とは判りながらも言葉がきつくなる。 満足に整備できない機体で兵士を送り出さなければならない 老人の気持ちを察してやれる余裕はなかった。 「片脚を失ったとなればしばらくは動けまい。たとえそれが僅かな時間でもな。」 ナの国軍にとってオーラマシンはアの国以上に貴重だ。 奴の修理が済むまでの間、おそらく長くて数日、は敵軍の動きは鈍るハズだ。 その間に、敗走を続けるアの国軍の幾らかは距離を稼ぐ事ができるだろう。 それがたとえ無意味な時間稼ぎだとしても。 「何度も申し上げているように、奴は聖戦士などではありません」 女戦士はうんざりした口調で告げた。 目の前にはこの陣地に駐屯する上級騎士達が居並んでいる。 奴。 白いオーラバトラー。 それを敵軍は"帰還"した聖戦士だと公言している。 そのオーラバトラーと剣を交えて初めて生還したのが女戦士だった。 「確かに、剣の腕はたつようですが、  地上人のような圧倒的な力を感じる事はありませんでした。 奴は間違いなくコモンです。」 「…ことの真意はこの際問題では無い。今や奴の存在そのものが問題なのだ。 奴が姿を表すだけで敵の勢いは強まり、こちらの兵は恐慌状態に陥る…。」 地上人、一騎当千の聖戦士の力を利用して勢力を拡大したが故に、 その力を良く知っているが故にアの国の兵士の"恐れ"は無理なからぬ所だった。  そして、女戦士は身をもってその力を経験した事のある希少な存在だった。 敵側の聖戦士に撃墜され、その負傷が元で"浮上"せずに済んだのである。 「…この私に討てとおっしゃるのですか。」 「我等とて騎士でもない者にこの大任を任せる事は本意では無い。 だが、今は手段を選んでいる場合では無いのだ。」 沸き起こる怒りを抑える。 どこまでも高慢な騎士共め。 "真の騎士は機械と共に去れり"とは良く言ったものだ。 「騎士でもない私に与えられる機械がまだ残っているとは思えませんが」 「案ずるな。それなりの道具は用意しよう。必ずや奴を討つのだ。」

それなりの道具。 その言葉にはかなりの皮肉が込められていたようだった。 女戦士に与えられたのは文字通り部品の寄せ集め。 どうにかオーラバトラーと呼べるだけの代物に見えた。 騎士でもなく、アの国の民でさえない雑兵に与えるには「それなり」の機械という事だろう。 「そうむくれるものでもないぞ。」 親方が機体を睨み付けていた女戦士に声をかける。 「気休めは止してよ。私だって部品の相性ってものがあるって事くらいは知ってるわ。  疑うわけじゃないけど、動くだけでも奇跡的な機体よ。」 「いかんなぁ。女は見た目で判断するからいかん。確かにこいつは不細工じゃが、  奴と戦うまでにはワシがつきっきりで調整してやる。安心せい。」 「あら、珍しい。いつもは手の掛かる機体だと嫌がるくせに。」 親方が機体を慈しむように撫でる。 「もう機械はこれしか残っておらん。…飛べぬ機体は言うに及ばず、  動けぬドロや上半身だけのドラムロまで荷馬車に固定して出撃させるよう命令が出た。  こいつの調整がワシの最後の仕事じゃよ。」 機械の登場によってこの世界の戦争は大きくその在り方を変えた。 そして、今。 王(指導者)の不在という混沌とした状況がより一層、戦争をグロテスクに変貌させている。

酷い頭痛だった。 震える手で気休めの丸薬を口に運ぶ。 身体は震えるほど寒気を感じているのに、全身に脂汗が滲んでいた。 あの機体、聖戦士用に試作された実験機、に乗った後はいつもこうだ。 理由は判り過ぎるほど判っている。 コモンである自分にはあの機体に十分はオーラを供給できないのだ。 動かすだけでも苦痛なのに、昨日は戦闘を行った。 これはその報いなのだ。 だが、後悔はしていない。 "お飾り"である事に我慢ならなかった。 聖戦士の"偽物"として戦場をただ傍観するだけの毎日。 騎士としてでは無くあの機体の"動力源"としてのみ必要とされている自分。 同じだ。 ようやく女である自分にも"騎士"たるチャンスが巡ってきたと思ったのに。 何も変わらない。 荒く息を吐く。 人払いをした個人用の天幕に簡易寝台の軋む音が響く。 いや… 同じでは無い。 朦朧とする意識の中で、昨日の戦闘がリフレインされる。 自分は、紛れもなく戦場に立ったのだ。 敵の騎士と刃を交えたのだ。 オーラマシンとそれを動かせる者が圧倒的に不足している今の状況がなければ、 自分もあの機体も戦場に立つ事は無かった。 潤む瞳で天幕の向こうを見る。 その先、野営地の一画では右足を失った機体が修理をうけているハズだった。 口元が緩む。 愛機と痛みを共有しているような錯覚があった。 たとえあの機体に乗り続ける事で自分が死ぬ事になっても。 "騎士"として戦場に立ち、死ぬ事ができるのなら後悔は無い。

夜空の一画が紅く染まっている。 近隣の村落を巡る攻防が夜も続いているのだ。 通常兵力で劣るアの国側にとって暗闇は味方だった。 あれから数日が経過している。 昨日、白いオーラバトラーが戦線に姿を現したらしい。 例の"寄せ集め"はまだ調整を完了していなかった。 殆どの人員が後退するか、出撃するかしてしまった陣地は静かだ。 空の木箱に腰掛け天海にゆらめく深海魚の光を眺めていた親方が背後の気配に気付く。 「お前さんか…」 「…徹夜で作業中…には見えないけど?」 皮肉を含んだ女戦士の言葉に低く笑う。 「いい手だと思ったんじゃがね…」 「ホント。喰えない爺さんね。」 その言葉にはどこか暖かみがあった。 「今更、アに義理立てして死ぬ事もあるまい。おまえさんはまだ若いんだ。」 「で?このまま機体は未完成、親方は責任をとって…って筋書きかしら。  不幸な私は戦わずにして虜囚の身…お心遣い痛み入るわ。」 「まったくな…」 2人の顔に笑いが浮かぶ。 「職人なんて因果なものよ。結局、これが最後かと思うと…。  むざむざあんたを死なす事になるというに。」 視線の先。 大型の天幕の中に完成した異形の巨人騎士が横たわっていた。 レプラカーンの頭部。 ズワァースの胴体。 ライネックの手足。 そしてドロのフレキシブルアームを改造した"尾"が長く伸びていた。

現れたたった1機のオーラバトラー相手に見る間に護衛のボゾンが全滅した。 ぞくりと震いが来る。 恐怖と同時に喜びで鼓動が速まる。 そのオーラを感じてか、白い機体も低く唸る。 後退せよと繰り返す無線のスイッチを切った。 先手は相手がとった。 加速を活かした突きが繰り出される。 剣で流す。 重い。 予想以上に機体が押し戻される。 切り返しが遅れた。 下から相手の大剣が迫る。 フェイントだ。 "戻し"の剣にそれほど威力は無い。 機体を横方向に転じてかわし、振り抜いた相手の隙を狙う。 ガッ。 惜しい所で防がれる。 面白い。 見た目よりはまともな機体らしい。

「くっ、この…」 女戦士が敵機では無く愛機に向かって舌打ちする。 反応速度は申し分ない。 問題は敏感過ぎるのだ。 コンバーターの出力に機体が負けている事も操縦を難しくしていた。 バランサー代わりの"尾"も役に立っているか疑わしい。 どこかの騎士が特注で造らせたという両手用の大剣は 金に物を言わせた一品物だけあって切れ味は抜群だったが、その重さがこうなると恨めしい。 1振り1振りに神経を使う。 それでも生じるわずかな隙に相手は鋭く打ち込んで来る。 何度目かの斬撃に浅く肩口を裂かれた。 その衝撃にハツっとなり、一旦間合いを取る。 呼吸を整える。 いつの間にか守勢にまわっていた。 剣技の技量が上がるほど、勝敗を決する時間は短くなる。 このままでは負ける。 女戦士の額に汗が吹き出た。

口を閉じる事が出来ない。 絶え間無く荒い息を吐きながら笑みを浮かべている自分に気がついた。 次第に刺すようになる頭痛も気にならない。 一旦離れた相手が構えを解いた。 片腕だけで大剣を構える。 ほう。 寄せ集めの機体では両腕の調整がうまくいってないのだろう。 片腕で振るう事で剣速を速める気か。 だがそれでは利き腕が長くは持つまい。 そうか… 次ぎで勝負を掛ける気か… 面白い。 相手が真正面から向かってくる。 そう。そうでなくては。 加速のついた重い一撃を受ける。 一気に高度が下がる。 コンバーターが吼え、押し返す。 打ち合わせた剣と剣がぎりぎりと互いを削り、時折火花を散らす。 鈍い金属音と共に弾きあった剣が、一瞬の後にまたぶつかる。 上。 右。 下。 やはり、相手の剣速は打ち合う度に遅くなっていく。 勝てる。

白いオーラバトラーの渾身の一撃。 異形のオーラバトラーが頭上でその一撃を受ける。 剣圧に耐えかねた大剣が大きく横にそれた。 酷使した右腕はその反動を抑えきれない。 次の瞬間、勝負はついた。 一瞬、両機が空中で静止する。 寄りかかるようにして力を失ったのは… 白いオーラバトラー。 ゆっくりと落下し始める。 荒い息をついて女戦士がその姿を見送った。 トドメとばかりに相手が大きく振りかぶった瞬間、 左手で”ライネック”の脚から抜いた小剣が 白いオーラバトラーのコクピットを貫いていた。 右手一本での応酬はすべてフェイントだったのだ。 相手が”騎士”でなければ通用しなかった”賭け”だった。 気がつくと戦場は不気味なほどの静寂に包まれていた。 両軍共に。 この戦いの結末を呆然と見上げていた。 「"真の騎士は機械と共に去れり"、よ…」 誰に言うとでも無く女戦士が呟く。 それは愛機と… 自分へ向けた言葉かもしれなかった。 アの国領、ラウ。 絶望的な後退戦の中で、”寄せ集め”のオーラバトラーの姿があった。 その姿はまるで忌むべき存在である機械、 そしてあの夜以来の混沌とした状況を象徴する悪夢のようだと見た者は言う。

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