20th Dunbine



”Funny War”


− KNIGHTS of AURA  −


サーガに謳われる者は幸せである
語り継がれるであろうから
多くの兵は、彼等と共に戦い、散っていったにもかかわらず、
称えられることなく消えていくのだから
それゆえに、ミ・フェラリオの語る次の物語を伝えよう

 砦を巡る攻防は3日目に突入していた。 地理的にはさして重要な場所ではなかったのだが、 そこに城跡があったがためにデム軍が砦として整備し、 チリ軍も「そこにデムの砦があるから」という理由だけで攻めていた。 つまり今行われている戦闘に戦略的意味はほとんど無い。 王都エンドイルが陥落してから主戦線は急速に西方へ移っていた。  すくなからぬデム駐留軍を置き去りにしたまま。 実に滑稽な話ではあるが、戦争などもともとそんな物だ。 しかし多くの兵士にとって自分が生死を掛ける戦いが 大局的に意味があるのかどうかなど問題ではない。 ただ目の前の敵を倒し、生き残るのみ。 双方にとって不幸だったのは チリ軍が「後方」に割ける兵力が多くなかった事と城壁の造りが堅牢な事だ。 互いに決定打を欠いた状態がさらに戦いを凄惨な物にしていた。 徹夜で修理した最後のベルベアが奮戦むなしく墜落する。 初日こそ数に物を言わせてチリ軍を追い返した物の、 旧式のベルベアでは飛竜ならともかく 新型のシャンディールでは勝負にならなかった。 残る数機のオーラボム、ワルバが倒されれば、 城壁によって辛うじて守られている砦は空から容易に蹂躙されるだろう。 デム兵達は無駄とは知りつつも残るワルバを祈るような気持ちで見上げていた。 その内、何人かが「それ」に気が付いて目を細める。 少なくとも、上空にいたワルバやシャンディール、 飛竜兵達はまったく気がついていなかった。 この「戦場」に「追加要素」など考えられなかったから。 ほぼ垂直に急降下してきた4機のウィングキャリバーが シャンディールに機銃掃射を浴びせる。 翼下のミサイルでは砦に被害を及ぼす可能性が高い。 効果の程は知れているが、少なくともシャンディールの意表を突く事はできた。 一瞬の間を置いて砦に歓声が上がる。 砦の上空に飛来したウィングキャリバーは見慣れたデム軍のセディムだったのだ。 慌てたシャンディールが飛び去るセディムに向けて発砲する。 4機のシャンディールの内、「第二波」を回避できたのは一機だけだった。 「本日開店―っ!!」 セディムに気を取られていたシャンディールの一機に オーラキャノンを叩き込みながらシュタールが吼える。 砂色に濃緑の迷彩を施したデルギアーズを操り バランスを崩したシャンディールに両足で「着地」、蹴りを入れた。 さほど高度を取っていなかったシャンディールは城壁に叩きつけられる。 機体よりもパイロットがその衝撃に耐えられなかった。 そのまま城壁に沿ってずるずると落下していく。 「一丁あがり! 「上客」は残り三つ。「客引き」は予定通り行動しろ!」 『「客引き1」了解』 「客引き1」、セディム編隊の隊長機が応える。 チリ軍のオーラマシンはこのシャンディール隊だけらしい。 元々飛竜部隊を有し、機械化の遅れたチリ軍は 自国製のウィングキャリバーやオーラボムを持っていない。 ましてオーラシップなどは「虎の子」だった。 シャンディールですらよくもこれだけ揃えたと言える。 シュタールと同じく雲の上で「客引き」から分離し、急降下したオーラバトラー、 同塗装のラド・エルム一機とギルス改二機、は それぞれシャンディールと対峙している。 どちらも性能的にはジャンディールに及ばない。 シュタールはギルス改の一機が相手をするシャンディールに目をつけた。 先ほどの攻撃を回避した唯一の敵だ。 「料理人(コック)4、下がれ、貴様では荷が重い。「料理人3」の援護に回れ」 『「料理人4」了解』 おそらくは隊長機なのだろう。 そのシャンディールは後退するギルス改を見送って、デルギアーズに向き直った。 シュタールの顔が歪む。 「時代遅れだぜ、そういう余裕はよ。」 「客引き」隊が浮き足だった飛竜部隊を攪乱しながら、砦上空で信号弾を投下する。 思わぬ援軍に狂喜していたデム軍守備隊は それを見て誰もが冷水を浴びせられたように感じた。 信号弾「赤・白・赤」。 "全軍撤退セヨ" 砦から少し離れた雲の上で一機のセディムが旋回を続けている。 いや、正確にはセディムの改造機だ。 特徴的な機体中央部の「くびれ」が無い。 機首の後ろにもう1つ機首が重なったような形状をしていた。 これではオーラバトラーと合体できない。 本来「くびれ」のある部分、改造されたその右半分には 砂漠の民の若者トラゲ・ディエが乗り込んでいた。 反対側にはオーラシップ用の大型無線機が搭載されている。 「これが最後だよ。全員砦の中庭に集合して。 もうすぐ迎えが来るから、それで脱出。以上」 命令系統を盾にがなりたてる砦側の無線を一方的に切る。 シュタールの発した奇襲成功の暗号、「本日開店」を受けて、 トラゲは俄然忙しくなっていた。 頭の堅い守備隊長を説得している暇は無い。 「え〜、こちら「看板娘」。「料理長(シェフ)」どうぞ」 『今忙しい! このっ』  シュタールの悪態に肩をすくめてトラゲが苦笑する。 「こちら「看板娘」。「酒屋1」どうぞ」 『「酒屋1」受信』 「配達先は、え〜っ、城壁外縁に。繰り返すよ、配達先は城壁外縁」  城壁がまだ持ちこたえている事は無線で確認済みだった。 できれば現場のシュタールに詳細な指示をと思ったのだが。 『「酒屋1」了解。配達先は城壁外縁』 「「看板娘」より「客引き1」へ。 まもなく「酒屋」到着。状況を確認、指示してやってください」  オーラマシンに搭載される通信装置は当然ながらかなりの制約を受ける。 特にオーラバトラーなどは構造上、 余分な(この場合、無線機を搭載する)スペースなど考慮されていない。 オーラシップ、オーラボム、ウィングキャリバー、オーラバトラーの順で、 無線機は小型化を余儀なくされていくのだ。 そして、これも当然ながらそんな小型化にこの世界の技術が対応できる訳も無く、 自然と最低性能のオーラバトラー搭載無線にあわせた運用しか行われていない。 しかも指揮官の多くは「花形」であるオーラバトラーに搭乗する傾向がある。 戦場での無線指揮がどれほど軽視されているかは言うまでも無いだろう。  シュタール達がシャンディールを引きつけておく間に、 「客引き」隊は「客」、チリの飛竜部隊を攪乱し、砦の上空から追い散らした。 撃墜する事が目的ではないからさほど難しい事ではない。 とにかく速度差を利用して飛び回る。 手綱をさばきながら構えるライフルなど当たる訳がない。 別方向から翼下に何個もの酒樽を縛り付けたセディムが 2機編隊で砦へのアプローチに入る。 懸架装置にあわないため、むりやりワイヤーで縛り付けてあった。 何とも不格好極まりない。 「たのむぜ〜」 絞り出すように「酒屋1」の操縦手が呟く。 翼下の酒樽にはフレイボム用の燃料が詰め込まれている。 それも延焼効果を高めるためにアルコール度の高い蒸留酒と砂が混ぜてあった。 たとえ一発でも被弾すれば誘爆確実だ。 そうなれば骨も残らず燃え尽きるだろう。 隣に座る副操縦手は先程までクジ運の無さを呪っていたが、 今は乗り出すようにして前を見つめている。 たとえ特別手当が出ると言ってもこんな役を喜ぶ奴は居ないだろう。 手袋の中で滑りそうになる指に力を込める。 全身に汗が吹き出していた。 砦の城壁がみるみる迫る。 「客引き」によって指示された方向より若干外縁にズレていたが、 再アプローチする余裕は無い。 力一杯フットバーを踏んで、何とか「横滑り」でコース修正を試みる。 ギシギシと機体が悲鳴をあげた。 「「酒屋1」より2へ、このまま行くぞ。投下準備!」 我ながら上擦った声で叫ぶ。同じような声で僚機から応答があった。 不意におかしくなって口元に笑みが浮かぶ。 「切ります!」 ワイヤーの切断機を手にした副操縦手の声。 「待て!俺が合図するまで待つんだ!」 副操縦手が目を見開いてこちらを見るのが視界の隅に映る。 「給料分の仕事はしようぜ、相棒」 男性特有の感覚を下半身に感じながら、操縦桿をしっかりと握り締める。 機を水平に保たないと酒樽が均等にばら撒かれない。 そんな事を考えている自分が滑稽だった。 「よし!」 眼下で炎の壁が出現したのを認めて、シュタールが笑う。 ワルバのフレイボムで同等の効果を得ようとすれば時間と、 何より低速故に撃墜される可能性が高い。 相手、隊長機らしいシャンディールはかなりの腕前だったが 指揮官としては有能とは言えなかった。 シュタールとの戦闘に掛かりきりになって戦場全体が見えていない。 斬撃を受けながらも事態の推移を把握しているシュタールとは対照的だ。 騎士にありがちなミスだった。 無線に絶叫が響く。 一瞬遅れて再び炎の壁が上がる。 「誰だ!誰がやられた?!」 戦場を見回したい衝動を抑えてシュタールが叫ぶ。 2度ほど切り結んだ後に予想通りの答えが「看板娘」トラゲから帰ってきた。 「酒屋3」が酒樽を投下寸前に被弾。 巻き添えを食って僚機の「酒屋4」も吹き飛んだのだ。 機体がすでに城壁外縁に達していたため、 当初の計画通り「炎の壁」は形成された事が不幸中の幸いだ。 「くそったれ。」 四名戦死確実。 誰に対しての悪態なのか自分でもわからない。 撃墜したチリの兵隊、 撃墜された「酒屋3」、避け損なった「酒屋4」、 旧式機しか与えず、無茶な命令を出す司令部、 指揮官である自分、 無意味な抵抗を続ける守備隊、 この戦争。 怒りに似た感情を目の前のシャンディールに向ける。 くたばれトカゲ野郎。 城壁に沿って二方向、L字を形成した炎の壁は取り付いていたチリ軍を焼き払い、 砦をチリ軍陣地から覆い隠した。 同時に反対方向から続々と「給仕」隊、ワルバが現れる。 垂直離着陸が可能な特性を活かして、中庭に着陸。 砦の守備隊を飲み込んでは再び飛び立って行く。 どのワルバもフレイボムの燃料タンクをほとんど空にしてあるので 20人近く乗り込んでも飛行可能だった。 本来であれば敵前での垂直離着陸は恰好の標的となるのだが、 今は炎の壁がチリ軍の対空砲火を防いでいた。 空中戦は地上戦よりもより明確に「数」が物を言う。 今、炎の壁によって孤立した二機のジャンディール (残りの一機は既にラド・エルムが撃墜)は 身を持ってそれを思い知っているだろう。 守備隊が脱出した今となっては戦い続ける意味など無いのだが、 彼等は「騎士」で、しかも片方は明らかに新米だった。 頭に血が上って冷静な判断が出来なくなっている。 おそらくは撃墜された二機も熟練者ではなかったのだろう。 良い練習のつもりで派遣されたに違いない。 そして隊長機もそれを見捨てて逃げようとはしなかった。 いや、この国の騎士に「逃げる」などという概念自体無いのかも知れない。 窮地に陥った「新米」に気を取られた瞬間、 背後からラド・エルムの放った 強獣捕獲用のネットランチャーがシャンディールを絡め取る。 さらにデルギアーズがありったけの火器でシャンディールの動きを止める。 最後はファルシオンの一撃がコクピットを叩き潰した。 「よし、もういいぞ。ケリをつけろ。閉店準備」 落ちていくシャンディールの残骸を見送りながらシュタールが言う。 最後まで「残されて」いた「新米」にギルス改達が手加減を止めて襲いかかる。 この戦法は騎士には良く効いた。  砦から随分と離れた空域で敵の増援があった場合の警戒任務についていた 「掃除屋」隊に撤収を連絡し、トラゲも「閉店準備」に入った。 右手にあるハンドルを回して機外に展開してあった小さな発電用風車を収納する。 同時にトラゲの股、両脚の間にあるドラムロールのスイッチを入れて 長く放出してあったワイヤーアンテナを巻き取る。 この改造機が「カゲロウ」と呼ばれる由縁だ(「看板娘」はコールサイン)。  低いモーターの駆動音が嫌な音を立てて途絶える。 まだ半分も巻き取っていない。  トラゲが大きく溜息をついて天を仰ぐ。 「くそ〜、次ぎは絶対に親父にかわってもらうぞ!」  彼の父、コメン・ディエはラド・エルムで出撃している。  観念してドラムロールの「手動巻き取り機構」、 自転車に似たペタルを引き出して漕ぎ始める。  「機械が壊れた時の手段」を考えるのはこの世界の機械屋の義務だった。 チリ軍に限らず、 ファールキーにはまだ「オーラバトラー至上主義」があるようにシュタールは思う。 騎士がオーラバトラーに、馬がウィングキャリバーに取って代わっただけの 前時代的な考え方だ。 今回の救出作戦を見るまでも無く、 ウィングキャリバー、オーラボム、それぞれに特性があり、 またオーラバトラーは万能では無い。 可変オーラバトラー、シャンディールを有する故に多種マシンを持たないチリ軍は ナンセンス極まりないと言える。 食事の際にフォークで代用が効くから、とナイフやスプーンを用意しないに等しい。 国力的な問題もあるのだろうが、 それならば可変機構などと言うバカ高い代物の前にたとえコピーしてでも 各種マシンを配備すべきだろう。  やはりシャンディール開発の裏には国としてのプライドと 「騎士優先」の戦略思想が見える。 戦場で大勢を占める雑兵達は従来の騎竜で十分だという事だろう。 それを意識せずに行っているのだから根が深い。 シュタールが王侯を嫌う理由の一つだ。 機械化にあわせた戦略・戦術思想をこの地方が学ぶにはまだ時間が掛かるだろう。 その代償として流される血の大半は名もない雑兵、民の物だ。 もっともその当事者達の多くはそれを当然だと思っている。 おかしな話しだった。  「掃除屋」の到着を待っている間に、シュタールが戦場を一望する。 次第に火勢が弱まり、チリ軍の陣形が垣間見える。 ようやく混乱から立ち直りはじめた飛竜部隊が編隊を組みつつあった。 攪乱役の「客引き」隊は「給仕」隊の直援として既に戦場を離脱している。 上出来だろう、とほくそ笑むシュタールの顔がひきつる。 砦の中庭にまだ離陸していない数機のワルバが見えた。 「こちら「料理長」! 中庭に居るワルバ、応答しろ!!」 胃のあたりが重くなるのを感じながらデルギアーズを降下させる。 チリ軍陣地からの対空砲火が再会されつつあった。 『「料理長」をバックアップ。行くぞ!』  事態を察したコメンのラド・エルムがギルス改を引き連れて 対空砲火を引きつけるべくチリ軍陣地に接近する。 ワルバからは意味不明な声が聞こえてくるだけで、随分と混乱しているようだった。 デルギアーズが中庭に接近する。 機体の塗装色からそのワルバは守備隊の物だとわかった。 「何してる! さっさと脱出しろ!」 どうやら砦の司令部が脱出するのに手間取っているらしい。 大方、指揮官あたりが脱出を渋っているのだろう。 離陸するまで援護しろという返信がようやくワルバから届く。 相手が傭兵風情と知っての反応だ。 「ふざけるな! 死にたい奴は勝手に死なせろっ!」 次の瞬間、炎の壁越しに飛来した攻城投石器の石弾がワルバを直撃した。 周囲に燃料を撒き散らして爆発する。 中庭は一瞬で火炎地獄と化した。 慌てて離陸しようとした別のワルバが砦に衝突してさらに被害を拡大する。 置き去りにされていた重傷者が担架ごと火葬され、 何人かが火だるまになって転げ回る。 シュタールは小さく悪態をついて高度を上げた。 「砦が見えたぞ。「掃除屋1」より各機、攻撃準備。そろそろ「閉店」だ、  酔いどれ共のケツを蹴飛ばすぞ」 チリ軍陣地の背後から菱形に並んだセディムの6機編隊が侵入する。 セディムの着陸脚が一斉に半角度まで降ろされる。 通常の物と比べ先端の一部が涙滴状に膨れていた。 前脚には各1挺、後脚には各2挺の機銃を増設した武装強化型だ。 騎兵用の軽機関銃をそのまま流用しただけなのでオーラマシンには無力に等しいが、 発射速度の遅いオーラバルカンや携行弾数の少ないオーラミサイルに比べれば よほど実戦的な装備だった。 チリの飛竜兵に手を焼いたデム駐留軍の現地改造だ。 機体そのものを改造する技術が無かったため着陸脚に取り付けてみた所、 脚角度を変えるだけで水平飛行のまま対地攻撃が可能とあって 効果は予想以上だったのだ。 空から撃ち下ろされる計6挺の機銃掃射はフレイボムを上回る対地制圧能力を持ち、 「トリュウ(竜殺し。竜とはチリ兵を指す)」という愛称で呼ばれているほどだ。 しかもウィングキャリバー自体、「空中でオーラバトラーとドッキング」する事を前提に 機体が設計されているため着陸脚を半角度で固定するぐらいでは 飛行安定性はビクともしない(酒樽も同様の事が言える)。 前面キャノピーの下側に刻まれた照準痕、 要は一定間隔で刻まれた傷跡、を頼りに引き金を引く。 機体自体は水平飛行しているため通常の照準器は使用できないのだ。 チリ軍陣地は背後からの攻撃にまったく無防備だった。 一瞬、機銃弾が雨のように降り注ぎ、兵士と脚竜を薙ぎ倒す。 先頭の何機かは脚を収納状態にして編隊を組み終えたばかりの飛竜隊を掃射する。 治まりかけていた混乱が、さらに倍増されてチリ軍を乱す。 「掃除屋」編隊はそのまま直進してオーラバトラー隊と合流、戦場を離脱した。 砦が見えなくなってから高度を上げ、雲の上へ出て変針する。 これだけでも敵の追撃を避ける効果があった。 人間は頭よりも先に目で見た情報で判断しがちだ。 高度を維持したまま西、デムの勢力圏内を目指す。 現在位置の把握し易い低空を好むパイロットが多いが、 濃密なチリの森林地帯のどこに敵が潜んでいるか分からない。 攻撃される事よりもまず、針路を無線で連絡されては厄介だった。 もっともチリ軍は近衛騎士団を含めてもわずか5個騎士団しか保有していない。 規模の問題ではなく、純粋に組織数、編成単位が不足しているのだ。 主要な街道を押さえれば良かった時代と違い、空中という広大な戦線をカバーするには もっと細分化された編成単位が必要だ。 例えるなら数人の人間の目を盗むより倍人数のミ・フェラリオの目を逃れる方が難しい。 そんな所だ。 おかげで敵拠点を大きく迂回すれば補足される危険性は殆ど無かった。 しばらくして先行していた本隊と無事に合流、 航法も合体したセディム任せのシュタールにはする事が無い。 万が一を考えて無線封鎖しているのでムダ口を叩くわけにもいかず、 機内に持ち込んだバスケットを取り出して遅い昼食をとる。 厚めのベーコンをはさんだ黒パン、ゆで卵、干しあんず。 2人分に相当する量を平らげた。 流石に主戦線(あくまでも地図上の話)上空に差し掛かると 遠くにチリの偵察飛竜兵を見かけた。 驚くべき視力を持つ彼らに見つからないわけが無い。 低速のワルバを追い立てるようにして先を急ぐ。 こんな所をシャンディールにでも補足されたら一巻の終わりだ。 無線封鎖を解除して迎えのオーラバトラー隊を呼び寄せる。 何とか夕方には全機が野営地に帰還した。 野営地の一画に着陸している砂色のオーラシップ、 ガルデローベの艦内を一人の少女が歩いている。 艦内の雑用を一手に任されているシャオ・シュピールだ。 すでに深夜なので小さな非常灯だけが廊下を照らし出している。 寝る前に朝食の仕込みをしておこうと考えたのだ。 「まだ、起きてらっしゃったんですか?」 「ん?、ああ、報告やら何やらで手間取ったからな。これが済めば休むよ」 めったに見せない温和な表情でシュタールが答える。 テーブルには分解された愛用の拳銃がひろげられていた。 拳銃の手入れはシュタールの癖のような物だが、 シャオはそれが「落ち込んだ時」こそ念入りに行われることを知っていた。 シュタール本人はその事に気が付いていない。 「今日の作戦、成功して良かったですね」 酒の飲めないシュタールのために東方製のお茶をいれながらシャオが言う。 この所、敗戦続きのデムにとって今日の救出作戦の成功はまるでお祭りだった。 先ほどまで野営地のあちこちで宴会が行われていた。 「どうかな? 助けられた奴等は複雑な顔をしてたがね」 「え?」 「シャオにも見せたかったぜ、奴等の顔」 外した銃身越しにシャオを見る。 「確かにおかしな話さ。東方人に指揮されたラワ人がチリでデム人を助けたんだ」 ガルデローベの所属するヘイトルーシェ傭兵団は ラファール王家に反感を持つラワ人傭兵を中心に構成されていた。 セリゼート山群戦以降、正規軍の温存をはかり後退を続けるデム軍にあって、 実質的に戦線を維持しているのはそうした外国人傭兵部隊だ。 「タチの悪い笑い話だよな」 おどけて笑うシュタールの顔がどこか寂しげにシャオには見えた。

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