GROW LANSER
−Tの後日談です−
「the Seeing Eye」
包帯を巻いていた手がふと止まる。
いけない。
心の中で自らを叱責して治療を再開する。
人の命を預かる職業にあってはならない事だ。
…そう、ラシェルにいたころは後輩達に良く言ったものなのに。
この町の診療所に勤務するようになって、自分でも嫌になるほど仕事に集中できなくなっていた。
理由はわかっている。
この町、ローランディア王国の王都であるローザリアは以前住んでいたラシェルとは
比べ物にならない大都会だ。
当然、そこにある診療所を訪れる人々の数はけた違いに多い。
そして、そこで交わされる噂話も。
治療を待つ人々の交わす些細な噂話。
その中に度々漏れ聞こえてくるある単語が仕事中でありながらその手を止めさせるのだ。
グローランサー。
救国の、いや、救世の英雄。
ラシェルでは…
辺境の保養地では、その名は吟遊詩人の語る物語程度の内容でしか登場しない。
だが、ここは、彼の生まれ故郷であり、国の中枢であるこのローザリアでは違う。
自分の知らない、思いもよらない噂に彼の名が度々登場する。
無論、人の噂だ。
有名になればなるほど根も葉もない噂は出る。
そう、最初のころは自分に言い聞かせていた。
でも…
自分が…
かつて共に旅をし、戦い、
何度も死線を潜り抜けてきた自分が、
彼について知っている事は酷く少なかった。
物知り顔で彼の事を語るこの町の住人達の声が聞こえる度に、
手が止まる。
知ろうとする、
噂の中に自分の知らない”彼”を求めて。
「ねぇ、グローランサーってどう思う?」
手が止まるどころでは無い。
棚に戻そうとしていた薬瓶を落としそうになった。
患者の1人が背後の長椅子から声をかけてきたのだ。
振り返ると同じような年恰好の女性が気だるそうに膝に頬杖をついてこちらを見上げている。
ちょうど待合室からあふれたのか、1人長椅子に腰掛けていた。
他に話す相手もすることもないので声をかけてきたのだろう。
さして珍しい事ではない。
こういった時は適当に相づちをうつようにしている。
軽んじるわけではないが、患者に不快感をあたえないように
相手をしながらも仕事を止めないのがプロなのだ。
「…え、ええ…そうですね…」
なのだが、手は同じ瓶を何度も無意味に出し入れするだけ。
聞き流すことはできない内容だったのだ。
何でも彼女は先週仕事の関係で"彼"を間近で見る機会があったそうだ。
それだけでも一月以上会っていない彼女には羨ましい限りなのだが…
「…確かに美形ではあるけど、あれは善人じゃないね。うん。私は願い下げ。」
自分でもかっと身体が熱くなるのがわかった。
思わず向き尚って理由を問いただす。
「目よ、目。商売柄人を見る眼は持ってるつもり、大抵のことは相手の目を見ればわかるわ。」
オッドアイ。
左右で違う色を持つ彼の瞳。
思わず言葉を飲んだ。
魅力の1つとして語られるその瞳の中に時折、何の感情も見られないことを自分は知っていたから。
「…あれは、普通の人間の目じゃないわ。ほら、目は口ほどに物を言うって言うじゃない。
彼はまともなことを話はするけど心の中では何も感じてない。
目の前にいる私達を”物”としてしか見てないのよ。
他人に蔑まされるのは慣れてるけどそんな感情すら無い。
正直ゾッとしたわ。あれじゃまるで…」
まるで…
「…宮廷魔術師の養子っていうより、”作品”だったりして。」
まるで人形。
ぱしん。
あとは止まらなかった。
堰をきったように言葉が出た。
彼の事。
しっている限りの彼の事。
彼がどんな想いであの戦いに臨んだのか。
涙が出た。
言いながら気付いたから。
噂を笑い飛ばす事ができなかった自分。
どこかで彼を疑っていた自分。
仕事という言い訳に逃げていた自分。
その後、どうやって自分の部屋へ戻ったのか覚えていない。
叱責を覚悟で出勤した次の日も、何も言われなかった。
信じられなかったが、あの患者は黙って帰ったようだった。
その日あの患者が診療所を訪れることは無かった。
患者に手を上げるような看護婦のいるところには来なくなって当然だろう。
それからしばらくの後…
ローザリア郊外にあるグローランド。
そこで興行する劇団は公演の半分を
領主を称える”グローランサー”とすることが慣例になっている。
正直見飽きた内容なので噂に上ることは少ない。
だが、今回のそれはちょっと違うらしい。
なんでも主人公はグローランサーではなく、それを見守る一人の娘。
その視点からグローランサーが描かれるのだそうだ。
物語の山場。
心無い人々に石を投げられ、自分の行動に疑問を感じたグローランサー。
彼女は言う、
貴方はこの世界を形としてしか見ていない。
私がこの世界の美しさ、素晴らしさ、命を賭して守る価値のある全て、
貴方に見えていないもの全てを。
貴方の目となって代わりに伝えよう。
その台詞に聞き覚えのあった看護婦の1人が
真っ赤になって薬瓶を落としてしまったのは言うまでも無い。
役つくりに悩んだ主演女優から非礼を詫びる手紙と共に
招待券が送られてきたのはそれから間もなくの事だった。
<言い訳>
大幅に遅れ、結局年内にアップできなかったキリリクです。
書き直しの回数は掲載駄文中トップでした。
主人公という人物、そしてカレンさんとの関係を冷静に見た時、
結構心無い邪推が芽生えると思うので…
カレンんさんは玉の輿を狙ったんじゃないか、とか。
そういう”世間の目”とカレンさんのお話というシュチュエーションは早々に決まったのですが…
未熟を痛感します。
今回の題名は「盲導犬」という意味です。
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