GROW LANSER
−ゼノス兄妹貧乏物語(汗)−
「Doggies」
少女が野原で花を摘んでいる。
濃い紫色の小さな花だ。
もっと大きく綺麗な花もあるのに彼女はその花だけを選んで摘んでいる。
少し歩いては屈み、少し歩いては屈んで。
「帰るぞ。」
少し離れた場所から少年が手を振る。
少女は小走りに少年に向かって駆け出す。
少女は10代後半に見える少年の胸ほどしか背丈が無い。
少女が来るのを待って少年は枯れ枝を束ねた物を背負った。
人気の無い森の中を二人は歩きはじめる。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
背後から掛けられる声に少年は振り返らずに応える。
歩調を緩める事もない。
少女が何を言おうとしているのか容易に想像できた。
「もう少しガマンしな。手を洗ってからでないと腹を壊すからな。」
「うん。」
少女の摘んでいた花は摘むと指先が紫色に染まり、異臭を放つ。
いつもならこの辺りで食事を取るのだが、今日は街に戻るまで食事は出来なかった。
第一、食べる物が無いのだ。
少年の腰に吊した革袋には何も残ってはいない。
夕暮れになってようやく2人は街に到着した。
グランシル。
ローランディア王国の南部最大の商業都市。
大陸中の猛者達が集うコロシアムでも有名な場所だ。
「3エルムだ。」
商店街の一画、メインストリートを突き当たった階段脇にある狭い薬屋の店内。
少年が小さく舌打ちをするのを老主人は聞き逃さない。
「文句があるなら余所をあたるんだな、ゼノス」
「別に。文句はねぇよ。」
少女が薄汚れたエプロンドレスのポケットに一杯詰め込んだ紫の野草のそれが報酬だった。
ひねた態度で薬屋の老主人から金を受け取る。
少女は店の外に待たせてあった。あまりこういう姿を見せたくないのだ。
硬貨をポケットにねじ込み、店を出る。
枯れ枝の束に腰掛けた少女の脇に男が1人立っているのが眼に入った。
少年の顔に怒りが浮かぶ。
「カレン!」
少年の剣幕に2人は驚いて振り返った。
「知らない人から物を貰っちゃダメだと言っているだろう!」
「ご、ごめんなさい…」
男を無視して少年が少女に詰め寄る。
少女の手にはクッキー似た焼き菓子が握られていた。
「そういう言い方は無いだろう、君。カレンちゃんが可哀想だ。」
少年が男を睨み付ける。
その辺の大人なら震え上がるような眼光を受けても男は笑顔のままだった。
「ほっといてくれ。アンタには関係の無い事だ。」
「確かに。気に障ったようなら謝るよ。」
「さっさと消えてくれ。行くぞカレン。」
オロオロする少女を立たせて枯れ枝の束を担ぐ。
「それを売ってもらおうと思って君を待っていたんだがね。」
さらに怒りを込めて少年が振り返る。
しばらくの後、ドサリと束を投げ降ろした。
「くれてやる。菓子の礼だ。」
男は暫く少年を見つめていたが、軽く頷くと束を担ぎ上げて去っていった。
その背が見えなくなってから少年は少女を連れて歩きだす。
「ごめんね、お兄ちゃん。」
涙声になりながら少女が何度も呟く。
その声に応えてやれるほど少年は大人では無かった。
2人の住処は街と外界を隔てている城壁のかろうじて内側、
民家と城壁の間にある小さな緑地の窪みだった。
窪みに拾ってきた板きれで蓋をしただけの物だ。
昼間集めた数個の木の実と茹でた野草、
ようやく買い求めた干し肉の欠片が今日の夕食だ。
ゆっくりと食べてもあっと言う間に終わってしまう。
ゼノスが食事の後片付けをする間、
カレンは「友達」に今日の出来事を話すのが日課だった。
今日も森へ「遊び」に行った事。
叔父さんからお菓子をもらった事。
それで兄が怒った事。
いつもは優しい兄が、なぜあの叔父さんと会うと怒るのか彼女にはわからない。
きっと名前も知らない人からお菓子を貰ったからだろう。
今度は最初に名前を聞こうね、と「友達」とお話した。
夕闇の中をゼノスが駆ける。
粗末な食器を噴水の水で洗うには人目を避ける必要があった。
一般の住民達だけではない。裏路地に巣くう者達からも。
浮浪者、孤児、ストリートギャング。
似通った境遇の者達からも少年は極力接触を避けた。
どんなに貧しくても誇りだけは失いたくなかったし、
何より大切な妹が汚れてしまうようで怖かった。
残飯一つ漁るにもそれなりの「秩序」がある事を知れば、
順応するのはさして難しくはない。
酒場や食料品店など人気のあるスポットを狙わなければ無用な争いは回避できた。
普段は枯れ枝を売り歩き、買い手の家を狙う事にしている。
自分のような身なりの者からとても薪とは呼べない代物を買うには
それなりの理由がある場合が多い。
例えば「急な来客があって通常より煮炊きする量が増えた」場合など、だ。
もっともそんな理想的な状況は数えるほどしかないし、
売れずに自分たちで使う日も多かったが民家のゴミ箱を闇雲に漁るよりは期待が持てた。
まして妹を1人に出来る時間は限られている。
昨日枯れ枝を売りつけた民家で若干の野菜屑を入手したゼノスは、
先程あの男に枯れ枝を渡してしまったため明日の目星がついていない事にきがついた。
苦々しい思いが沸き起こる。
あの男はこの街から少し離れたブローニュ村の男で、
街の浮浪児達を引き取っては村で働かせているらしい。
以前からカレンを村に預けるよう薦められている。
たしかにゼノス1人ならばもっと効率の良い仕事はたくさんある。
しかし男の申し出を善意と信じるにはゼノスは辛い経験を積み過ぎていた。
他人を信用しない事。
それが母を失ってからの数年間でゼノスが学んだ事だ。
住処に戻ると、カレンは人形をだきしめたまま寝息を立てていた。
ゼノスが残飯を漁っている事はもちろんカレンは知らない。
自分がどんなに「汚れ」ようとカレンだけは「真っ当に」育って欲しかった。
それが亡き母との約束でもある。
それでも、自分の自己満足のためにカレンを犠牲にしているのではないかという思いも
最近になって感じはじめていた。
あの男に対する怒りはそんな自分に対する怒りでもあるのだろうか。
板きれの天井から差し込む月明かりの中で
ゼノスは複雑な思いでカレンの寝顔を眺めていた。
<言い訳>
GL熱が冷めてしまったためにお蔵入りになっていた駄文です(汗)。
気付かれてる方も見えると思いますがGLのSSは「犬」に関連した題名をつけていて、「子犬達」という本文の他にもう1本予定していました。
本作も本当はこの後、遠くの山へ薬草を採りに行った2人が遭難して互いの絆を深める…というような後編の構想があったのですが…。
GL2も未クリア、3000Hitキリリクが難産中という状況では…ハハハ(^^;)。
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