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「レマーゲン − T69E3 −」
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「まったくツイてねぇ。」 また、操縦手の口癖がはじまった。 砲手が適当に相槌を打つ。 「だいたい、小さ過ぎるんだよ!この糞野郎は!」 手にしたスパナでガンガン装甲を叩く。 M4と部品の共通性を持たせながらぎりぎりまで車体を小型化した結果、 「非常に無駄のない」設計が 「非常に整備し辛い」構造を生み出していた。 T69E3。 76mm砲搭載の軽戦車。 その全長はM4シャーマンの二回りは小さい。 「何か呼んだか?」 音に反応して中で作業していた戦車長が顔を出す。 「なんでもありません、少尉殿。」 「ならいい。…ん…よっと」 かなり苦労して中へ戻る。 大柄なアメリカ人が乗るには「多少」問題があった。 「…っ。」 装填手が雑嚢から水筒を取ろうとして腰を打つ。 反射的に立ち上がって頭を天井にぶつける。 きまって数秒間、方々を押さえて唸る事になる。 「確かに狭すぎるよなぁ、こいつは。」 傾斜のきつい傍らの装甲を撫でながら砲手が言う。 「だが、そのお陰で前回は助かった。」 「ですねぇ。あの距離でM4の砲弾を弾きかえしたんですから。」 「V突だったら間違いなくやられていたぞ。感謝しろ、感謝。」 砲兵鏡から目を放さずに戦車長が言う。 「でもなぁ、戦車に乗りたいなぁ。」 「こいつも戦車だ。駆逐戦車。」 『砲塔無いのは突撃砲と違う?』 「ヘッツァー駆・逐・戦・車、だ!」 まぜっかえす操縦手に戦車長が怒鳴る。 装填手はまだ唸っていた。 戦車の開発が火力と装甲のシーソーゲームと化すと、各国は軽戦車という存在を持て余すようになった。 特に熱心に軽戦車の配備をすすめていたアメリカは、どうにかそ軽戦車という存在を「使える」ようにならないか、と思案していた。 執心してきた「軽戦車」という存在を簡単に捨てられない意地のような物があったのかも知れない。 一方のドイツはいわゆる「T34ショック」以来、旧式化した軽戦車をいろいろと「使える」ように改造してきた。 こちらは多分に台所事情から。 戦車は当然、火力と装甲のバランスが重要だ。 より大きい砲、より厚い装甲。 その時、犠牲となるのは住居性だ。 曲面装甲を多用し、車内空間の狭い戦車の多いソ連軍は戦車兵に身長制限を設けていたのは有名な話だ。 もともと小型の軽戦車ではその「犠牲」が如実に現れた。 「…だからよう。ヨーロッパくんだりまで来て…」 延々と続く操縦手の愚痴を砲手が手で制する。 その様に操縦手は一瞬黙ると次ぎの瞬間、悪態をついてスパナで装甲をガンガンと叩いた。 「いい加減にしないか!」 中から顔を出した戦車長も2人の様子に気付く。 聞こえてくるエンジン音。 軋むキャタピラの音。 「クソッ!修理は?!」 「何とか動く程度。敵は振り切れねぇっすよ。」 「走った方がマシだな。」 「乗れ!兎に角ここでは目立つ。移動しよう。」 軽戦車の利点、機動性を活かしての偵察任務。 その帰りにエンジントラブルとはツイてない。 敵は後退しているが、この付近はまだ敵の勢力圏内だった。 曲がり角を曲がった途端に一発喰らった。 車内全体に耳障りな金属音が響く。 傾斜のキツイ装甲が砲弾を跳ね飛ばしたのだ。 視界の端に低い位置の発射光を捉えていた。 「くそ!2時方向距離500。路肩の茂み、PAKだ!」 その一言で全員が動く。 操縦手は車体を旋回させ、 砲手は照準器のハンドルを回し、 装填手は榴弾を装填し、完了のブザーを押す。 「撃て!」 75mm砲から放たれた榴弾が茂みに炸裂する。 「!」 バカンと榴弾がおかしなハゼ方をした。 その時になって道に残る真新しいキャタピラの跡に気付く。 畜生、相手は戦車だ。 「撃て!」 T69から放たれた2発目の76mm砲弾は敵のキャタピラに命中した。 『照準器がイカレちまったぞ!』 砲手が悪態をつく。 防盾に命中した敵の榴弾のせいだ。 「煙幕を張れ!全速後退!」 見ると敵兵がカメムシのようなタンクキラーからわらわらと脱出をはじめていた。 かなり苦労をして。 『…撃ちますか?』 無線手兼、前方機銃手からも見えているのだろう。 最後の1人がようやく姿を現した。 2人が手を貸して転がるように車体から離れる。 「いや、いい。他の敵に聞きつけられると厄介だ。このまま後退しよう。」 何となくやりづらかった。 レマーゲン。 ライン川の畔にあるこの街を今、大勢の人間が目指していた。 正確にはその街にあるルーテンドルフ鉄橋を目指して。 敗走するドイツ軍はこの橋を渡ってドイツ本国へ逃げ込むために。 追撃する連合軍は敵本土への入口を無傷で手に入れるために。 「小さかったなぁ。」 「ああ、随分と小型だった。」 「敵も俺達と同じように苦労してるのと違う?」 「そうだなぁ。ヤンキー共は大柄だというからもっと苦労しているかもしれないな。」 「かもしれん。」 ルーテンドルフ鉄橋の脇。 回収されたヘッツァーの上で延々と続く人の列を眺めていた。 部品が来なければ修理のしようが無い。 もっとも燃料の次ぎに望み薄だったが。 「このまま部品が来なくて俺らも後退する事になるのと違う?」 「だといいなぁ。」 「多分、それは無い。」 この橋を爆破するまでここを死守するのが部隊の任務だ。 そして後退する友軍は何時果てるともなく続き、昨日は敵の軽戦車が偵察にやってきた。 爆破命令の前に敵が来るだろう。 「だったら新型の配備があるのと違う?」 「今度は戦車がいいなぁ。」 「こいつも戦車、だ。」 装填手はうたた寝をしていた。 期待を裏切ってT69の修理は翌日には完了していた。 M4部品の流用が効くからだ。 中隊規模のタンクキラーと対戦車砲。 それがレマーゲンを守っている敵戦力の全てだと報告した。 確かに、間違いは無い。 しかし対戦車砲の中には強力な88ミリ砲がある。 正直相手にはしたくなかった。 T69が単独行動という作戦も気に入らない。 本隊はレマーゲンの鉄橋に通じる鉄道土手に沿って進軍。 我等T69は本隊を離れ、土手の側面に位置する小山を目指せ、ときた。 T69の登坂性能を活かして斜面から回り込み、対戦車砲陣地を破壊する作戦だ。 山裾の丘からはレマーゲンを一望できる。 事実、作戦は途中まで上手くいった。 急斜面を上り、山裾に掘られた対戦車砲陣地を側面から片づけた。 レマーゲン近郊に巧妙に隠された88ミリ砲もここからは丸見えだったお陰でなんとか仕留める事ができた。 そこまでは上手くいっていたのだ。 悪態をつく暇すらない。 操縦手が必死にT69を操る。 小さな車体が泥を跳ね飛ばして疾走する。 吹きあがる土砂。 至近弾だ。 車体がびりびりと震えた。 『あぶねぇ。』 誰かが呟く。 あんな物の直撃をくらったらひとたまりもない。 町はずれの平野をT69は逃げまどっていた。 レマーゲン攻略の最中に対岸に現れた「化け物」のお陰で。 ライン川越しに巨大な砲をぶっぱなしてくる。 こちらの戦車とはケタが違う。 河原に出た数両が為す術も無く撃破されていた。 軽戦車の利点、機動性。 今、T69に課せられた任務は囮となって「化け物」の気を引くことだった。 残る友軍の戦車が砲塔を持たない「化け物」の側面装甲を撃ち抜くまで。 「クソっ、何だって俺達が!」 あの「化け物」を偵察で見つけられなかったからか。 まったくツイてない。 気が付くと砲声が止んでいた。 『静かになったなぁ。』 『ヤクトティーゲルがやられたのと違う?』 「だろうな。」 如何に強力な戦車といえども、単体では物量で押す敵には適わない。 東部戦線で嫌というほど学んだ事だった。 「そして、次は我々の番だ…」 『嫌だなぁ。このまま引き上げてくれないかな。』 「…降りていいぞ。どのみち一発勝負だろう。」 ルーテンドルフ鉄橋の東側。 その袂に修理されないままのヘッツァーは潜んでいた。 車高の低いヘッツァーは対岸からは見えない。 『今更それは無いのと違う?』 『脱走兵として”吊される”のはもっと嫌だなぁ。』 『ここが自分達の棺桶ですからね。』 珍しく装填手が口をきいた。 結局あの化け物にトドメを刺したのはT69だった。 「化け物」は囮にかかった振りをして、残る戦車隊が河原に姿を現した途端、反転した。 慌てて駆けつけた物の、やはり「化け物」だった。 T69E3は車体の割に強力な砲を積んでいる。 それでも側面装甲を撃ち抜くには川幅ぎりぎり、1000m前後でなければ無理だった。 戦車の弱点とも言える側面で。 もう少し川幅の広い地形だったら無理だっただろう。 その点だけはツイていた。 その点だけは。 「さて、仕上げといこう。ライン東岸へ一番乗りだ。」 我ながら白々しいと思いながらもそう言うしかなかった。 『クソッ、死ぬまでコキ使う気か。』 操縦手が吐き捨てる。 まったくその通りだ。 誰も好きでこいつに乗っているわけでは無い。 偵察、囮、そして今度は東岸への栄誉ある一番乗りときた。 軌道内に乗り入れ、鉄橋へと進む。 煙と靄で霞んだその姿がまるで三流映画の”悪の城”といった感じだ。 『やつらもこの橋を渡ったんだろうか?』 砲手の言葉には今通過してきたレマーゲンの廃墟の中に倒れていなければ良い、という思いが滲んでいた。 『クラウツ共は戦車不足だと言うからな。今ごろは本国でよろしくやってるだろうぜ。』 操縦手が吐き捨てるように応える。 彼は彼なりに”やつら”の事を気にしていたのだろう。 「あと数ヶ月もすれば俺達も故郷で”よろしく”やれるさ。さぁ、いよいよだぞ。」 鉄橋が終わりに近づく。 その先に口を開けるトンネルの入り口には急造の陣地があったが、数発の榴弾で沈黙した。 ライン川東岸まで残り100m。 1945年3月。 ライン川に掛かるルーテンドルフ鉄橋は無傷で連合軍の手に落ちた。 そこを巡る”小さな”戦いがあった事を知る者は少ない。 戦争の終結するわずか2ヶ月前の事だった。 |
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