装甲騎兵ボトムズ
− 青の騎士ベルゼルガ物語 −
「JOKER」
バトリング。
AT(アーマードトルーパー)同士の賭試合。
命の危険はあるとはいえ、ギャンブルである以上そこには実戦と同じ緊張は無い。
あくまでも見せ物なのだ。
百年戦争の集結で娯楽に飢えている民衆と戦う事しか知らないAT乗り…「ボトムズ(最低野郎)」の利害が一致した「興業」だ。
興業である以上、どのマッチメーカーも自分の契約したAT乗りに危ない試合はさせたくは無い。
「血」を望む観客を満足させるための「生け贄」。
それは流れ者の役目だった。
割れんばかりの歓声があがる。
いつもなら耳に心地よいそのノイズが今は遠く霞んで聞こえる。
「どうなっていやがる」
真新しいスタンディング・トータスを操りながらパイロットが毒付く。
華々しく勝利をおさめるハズの復帰第一戦。
数分でケリが付くと思っていた。
それが…
衝撃。
ヘヴィマシンガンの一連射が着弾し、機体が揺れる。
もう何度目だろうか。
新品のH級ATだからもっているようなものだ。
既に機体は見るも無惨な有様だった。
「!」
この後に及んで死の恐怖がようやく襲ってきた。
忌まわしくも懐かしい百年戦争の記憶。
その一瞬の隙が勝負を決めた。
歓声が一際大きくスタジアムを揺るがす。
前座の試合とは思えない熱狂ぶりだ。
最初は誰もが賭率を煽るための「芝居」だと思っていた。
この街で中堅のAT乗りが負けるとは誰も信じなかった。
負傷から復帰しての第一戦、いわばサービス試合なのだから。
観客のほとんどが「負け」た。
それでもあまりに意外な試合結果に観客は湧いていた。
「ふざけるな!」
双眼鏡を床に叩きつけて肥満体の中年男がわめく。
たった今倒れたパイロットのマッチメーカーだ。
同じように貴賓席から試合を眺めていた同業者が笑いながら慰めの言葉を並べる。
パイロットの生死は問題では無かった。
ヤツの選手生命はもう終わりだ。
いや、自分に恥をかかせた「飼い犬」を生かしておく必要は無い。
ストリートファイトでも無い限り、バトリングの会場には予備のATがある。
予備と言っても選手用では無い。普通バトリング選手は専用機をもっているし、
ATは自分にあわせてチューニングしなければ本来の力を出しきれない。
備え付けの予備ATに乗るような人間は「噛ませ」か命知らずの飛び入りだ。
だから整備もロクにしていない。
このバトリングスタジアムで予備機の整備を担当している本人が言うのだから間違いなかった。
そのハズなのだ。
「アンタ、凄いじゃないか!驚いちまったぜ!」
どう見ても見慣れたボロAT、普及型のスコープドック、を見回しながらコクピットから降りたパイロットに言う。
これまたよれよれのパイロットスーツだ。機体と同じ会場常備品である。
「いやぁ、長生きはするもんだな」
銃声。
小柄な老人の身体が一回転して床に倒れた。
「ちょっと、殺す事は無いでしょう!」
たまらず隣の中年男、契約しているマッチメーカーを制する。
老人とは知らぬ仲では無い。駆け出しの頃に何かと世話になった会場の整備員だ。
「その爺ぃもグルに決まってる!」
そのままパイロットまで撃ち殺しかねない勢いだ。
にも関わらず、パイロットは動じなかった。まるで無表情だ。
その姿が余計にこのマッチメーカーを怒らせる事は明白だった。
「撃ち殺すなら、私は帰らせてもらうわ!軍警の世話にはなりたくないからね!」
血走った目がこちらを向く。
ひるみそうになるのをどうにかして睨み返した。
「わかってる!」
突き飛ばすようにしてパイロットに向き直る。
「おい、イカサマ野郎!舐めたマネしやがって、このまま帰すわけにはいかねぇ!今日の最終、このウチのエースと戦ってもらうぜ!」
パイロットの視線が自分に向く。
AT乗りには珍しくない、「死人の目」だった。
同じスコープドックとはいえ、性能には段違いの差があった。
ATの血液、性能全般に大きく影響するPP(ポリマーリンゲル)液も価格にして3倍以上の上品が入っている。
緊急加速装置も使えない。
武器も相手のヘヴィマシンガンは「リサイクル品」の弾を装填した代物だ。
壊れたグレネード機構も錘としてそのまま残してある。
くわえて他の武器はアームパンチしかない。
それなのに…
押されている。
圧倒的に有利なはずの自分が。
汗が全身に吹き出るのがわかった。
相手は障害物をたくみに利用して攻撃してくる。
ボロ銃とはいえ、当たれば無傷では済まない。
しかもこちらの攻撃は見事なまでにかわされていた。
どんな性能差も命中しなければ意味が無い。
「相手はチューンもしていないボロATなのよ!」
叫ぶようにして肩口のランチャーを放つ。
火花を散らしてその火炎地獄から相手のスコープドックが逃れる。
ローラダッシュ。
ガクンとその速度が落ちる。火花が止んだ。
機体がたたらを踏んで射界に入る。
「もらった!」
如何に腕が良かろうと機体の方が限界だったのだ。
グライディングホイールが故障したのだろう。
口元に笑みが浮かぶのが自分でもわかった。
沸き上がる快感。
それは勝利に対する物だったか…
ペタルを踏んでローラーダッシュ。
機体が高速移動を開始する。
確実に「殺れる」距離から一撃でカタをつけるために。
それは殺戮の喜びに違いなかった。
この瞬間のために自分は生きている。
口元の笑みが凍り付く。
あと一呼吸の所で相手の機体が横に滑る。
ローラーダッシュ。
すでに高速移動中のこちらは無理な機動ができない。
ローラーダッシュは後手に回った方が断然に有利だ。
バトリングのセオリー。
「芝居」だったのだ。
一瞬が無限に感じられる。
悲鳴。
それが自分の物だとわかる前に…
背後から、回り込んだ相手のボロ銃が、至近距離から機体を貫いた。
どうも、お待たせして申し訳ありません。
一定額以上の支払いには色々と手続きが必要でして…
今暫くお待ちください。
それにしても大穴を連続で当てられるとは羨ましい幸運ですな。
お当てになった両試合とも、同じマッチメーカーの選手でしてね。
あちらには不幸の極みでしょうが…自棄になって障害沙汰を起こしたようですし…
もうこの街で仕事は出来ないでしょう。
あ、いや、これは失礼。
貴方には関係の無い話しでしたか。
ふと、噂話しを思い出しましてね。
御存知ありませんか?
まぁ、よくある噂の一つなんですが、何でも凄腕のAT乗りのくせに自分のATを持たず、その場にあるATで勝利をおさめる…。
「相手を見くびるな」という戒めかとも思ってましたが…今日のような事がありますとね。
信じたくもなりませんか。
試合(カード)と手札(カード)をかけて「引き当てたら最後」とも言わて…
ああ、どうやらお支払いの準備が整ったようです。
お待たせしまして申し訳ありませんでした。
それでは金額の確認をお願いします。
Mr.JOKER。