501GamePost


「善と悪」

冒険者という胡散臭い職業の者が集う場にしてはかなり静かな雰囲気だった。
ギルガメッシュの酒場。
もともと外来者の少なかったこの城塞都市ガイネスにはまだ冒険者自体が少ないのかも知れない。
夕暮れの稼ぎ時という事もあって、空いているテーブルは無いが思っていたような騒がしさは無い。
もっとも一日中雑踏の中を歩き回ってようやくここに辿り着いた三人にとっては嬉しい誤算だったが。
「三名様ですね、相席になりますがよろしいですか?」
ウェイトレスの言葉に即座に頷く。
とにかく一息つきたかった。
店の片隅にあるテーブルへ案内される。
先頭を行くリサーの顔が歪む。自分達が人間ではないから端のテーブルに案内されたかと思ったのだ。
ここの店主はリズマンだし案内しているウェイトレスに至ってはフェアリーなのだからそんな事は無いのだが今日一日都市の至る所で自分たちが「人間で無い事」を痛烈に思い知らされていた彼女達にとっては無理なからぬ所だった。
大人しいファーンなどはすっかり萎縮してしまって前を行くミネットに隠れるように引っ付いて歩いている。
もっともムークである彼女がフェルパーのミネットに隠れる事など出来はしないのだが。
  案内されたテーブルには三人の先客が居た。
リサー達と同じ年頃の人間の少年を挟んで、大柄なリズマンとドラコンが食事をとっていた。
少年はともかく、爬虫人のリズマンと竜と人間のハーフであるドラコンは見慣れない。
ファーンが小さく息をのむのが聞こえた。ラウルフであるリサーは意識をしなくても大抵の物音は聞こえてしまう。
「お邪魔するわね。」
まったく憶さずにミネットが声を掛けてテーブルに座る。
好奇心の塊のような彼女にはいつも呆れさせられるが、こういった時はなかなかに頼もしい。
まぁ一応三人の中では一才違いとは言え最年長なのだから当然と言えば当然なのだが。
「リサちゃんもファちゃんも、座って座って。あ、注文は後でするわ、とりあえずメニューとお水ちょうだい。」
さっさと長椅子の中央に腰掛ける。
自然とリサーがドラコン、ファーンがリズマンの前に座る形になった。
まったくこういう所だけはしっかりしている。
「ねぇ、ねぇ、あなた達も巫女探し?」
注文を終えて直ぐにミネットが口を開く。
少年が無表情にミネットを見返すと短く「そうだ」と答えた。かなり無愛想だ。また黙々と食事を再会する。
「うげ。」
思わずその様を目で追ったミネットが顔をしかめた。
少年が食べていた物はナマ魚の切り身だったのだ。
リサーも思わずミネットと顔を見合わせる。
少年は同席するリズマン達とまったく同じ食事をとっていた。
「よくあんな物食べられるわねぇ。」
ミネットは小声のつもりなのだが、リサーは相手に聞こえるのではないかと気が気ではない。
幸い大きなエビを解体していたリズマンと少年が相次いで短くゲップしただけだった。ファーンが胸を撫で下ろし、リサーが眉をしかめた。
もっともそれはゲップでは無く『暑苦しい上に騒がしい奴等だ』という爬虫語で、少年が相槌をうったのだが。
何となく気まずい雰囲気のまま、三人はかなり気味の悪い光景を眺め続ける事になった。
リサーの正面に座るドラコンは細長い亀の卵に爪で器用に穴をあけ中身を吸い出している。
共食いじゃないだろうか、などと考えてしまう。
ふと脇腹をつつかれた。ミネットがアゴで少年を指す。
「彼、いい身体してるよね。」
気が付けば彼はリズマンと同じような肩当てをしているだけで上半身は裸だった。
厳格に育てられた三人には刺激が強過ぎる。
目を輝かせて見つめるミネットを逆に肘打ちで制止した。
三人共、開拓村の小さな孤児院で「人間」として育てられたために年頃の身としては同族よりもまず人間に目が行ってしまう。
ぴちゃん。
不意に水音がして三人の視線がその音源に集中する。
その音は少年の前に置かれた杯から聞こえてきた。
手洗い用の水が入っているのかと思っていたが、そこから飛び出した物体がそれを否定していた。
半透明の小さな魚が一匹、テーブルの上に飛び出して身もだえしていた。
思わず凝視してしまう。
それで杯に目の行った少年は三人の事など眼中に無いといった感じで杯を手に取り、柑橘系の果物を片手で杯の中へ絞った。
杯の中でばしゃばしゃと水音が立つのを手で押さえ、そのまま飲み干す。
きゅう。
漫画のような呻き声を立ててファーンが気絶し、二人は暫く動く事が出来なかった。


ガイネス。
広大な砂漠の中に存在するクレーター状の湖、カーラに浮かぶ城塞都市。
クレーター状の外縁は切り立った断崖になっているので要塞都市とも呼ばれている。
確かにこれほど守りに易い地形は無いだろう。
この地形と有り余る水源を元にガイネスは砂漠に君臨していた。
砂漠を渡るキャラバンは補給のためだけに立ち寄るのでは無い。
わざわざここの水を求めてやってくるのだ。
魔力を含み「聖水」と同じ扱いを受けるカーラ湖の水は高価な商品として売買されている。
無尽蔵の水源と巨万の富。
正にガイネスは砂漠の理想郷だった。
そのガイネスを支えている湖に異変が見られたのは最近の事だ。
毎年10月に行われる祭事、そのクライマックスは巫女が湖の小島にある神殿で湖へ祈りを捧げる。
その巫女が今年は戻らなかった。
祭壇に護衛の死体だけを残して姿を消したのである。
その後、再三にわたって捜索が行われたが巫女の行方は知れず、湖の水が異臭を放ちはじめ城壁は夜な夜な地下からの異様な振動に震え続けた。
 愚王と呼ばれるガイアス三世はここに至って冒険者を求める布令を出したのである。
『巫女を探しだした者には近衛兵への取り立てと金貨100万枚を与える。』
それが勇断だったのか愚行だったのか今はまだ知る者は居ない。


「あ〜あ、何だか疲れちゃったね。」
ホビットのポロスがぺたんと階段に腰を降ろす。
カント寺院の正面、見事な石段に腰掛ける者など居ない。
周囲からは驚きと非難の視線が集中した。
「行儀悪いぞ、ポロス。しゃんとしろしゃんと。」
「なんだよう、レオンだってぶーたれてたくせに。すぐ自分だけカッコつけたがるんだから。」
ポロスの思わぬ反撃に人間の少年、レオンが顔を赤らめる。
抗議しようとするのだが、口をぱくぱくさせるだけだった。
先程までカント寺院の態度に愚痴をこぼしていたのは事実なのだから。
その様を見てドワーフの僧侶、トーラスの頬が緩む。
まだ若いが、聖職者らしい威厳のようなものが備わっていた。
「はっは、二人共修行が足りんぞ。他人を頼るからそうなるのだ。」
「じゃぁ、トーラスは平気なの?あんな風に言われてさ。今晩くらいは泊めてもらえると思ったのに。」
「みんなごめんなさいね。私の力が足りないばっかりに。」
一行の責任者であるベリエが見かけとはかけ離れた弱々しい声で呟く。
ノームのロードである彼女は黙って立っていればそれなりの風格がある。
先程の会見でも交渉はほとんどトーラスまかせでベリエはほとんど喋っていなかった。
  カント寺院司祭長の態度は想像以上に冷ややかだった。
「教会」の信書を携えてきた一行を門前払い同様で追い出したのだ。
ポロスがむくれるのも無理は無かった。
カントの名を掲げているとは言え、ここの寺院は「教会」よりも「ガイネス王家」との結びつきが強い。
教会の使者である一行を歓迎するはずも無かった。
「ちょっと、ベリエが悪いわけじゃないでしょ!男のくせにみっともないわね!」
ベリエの後ろに立つローブ姿の人影から甲高い声が飛ぶ。ポロスがわざとらしく耳を塞いで見せた。
「へーんだ、自分で歩いてもいない誰かさんに言われたくないね。」
「この〜っ」
怒気を含んだ声にベリエが気が付くより速く、足元の小石がフワリと宙に浮かぶ。
「天誅〜ッ!」
びゅんと音を立てて小石が飛び、避け損ねたポロスの額に命中した。
いや、ホビット特有の身軽さで完全に避けたハズなのに小石はその動きに沿って曲がったのだ。
その衝撃にポロスは後ろへ倒れ込み、石段に頭をぶつけた。
背負っていた矢筒から派手な音を立てて石段に矢がちらばる。
「いって〜な。この、凶暴羽虫!」
「なんか言った?もう一発くらいたいの?!」
「アルテア…」
ローブの主が自分の肩口に座るフェアリーにそっと触れる。
下級司教の資格を持つセーマには些細な争い事でも「悲しむべき事」なのだ。
元来エルフという種族は争いを好まない。
「わかってるって。ちょっとしたスキンシップよ、スキンシップ。」
自分の太腿ほどもあるセーマの白い指に頬擦りする。
訓練によって強化されたサイ能力の見返りに精神的に不安定な部分がある自分の事をこの同い年のエルフが我が身のことのように心配してくれている事をアルテアは知っていた。
「ま、何にせよ落ち着く場所を探さないとな。」
「そうですね、とりあえずは安い宿を探しますか。路銀も残り少ないですし。」
トーラスの言葉にレオンが頷く。すかさずアルテアがローブから飛び出した。
「馬小屋よ!馬小屋。それが冒険者のセオリーって物でしょ。」


気絶したファーンを宿屋、正確には「馬小屋」と呼ばれる簡易寝所まで運んだのは他ならぬリズマンとドラコンだった。
自分達の食事風景が彼女を気絶させたことをミネットに指摘され、それならばと彼等から申し出たのである。
見かけほど悪い者達ではないのかもしれない。
自分達もこの街の人間と変わりないな、とリサーは反省した。
「ちょ、ちょっと、ここで寝る気なの?」
ミネットの声に我に返ると、少年とリズマンが寝かしたファーンのすぐ脇に寝転がっていた。
天井と粗末な板切れの仕切り、そして干草というだけの寝所でもせめて数メーターは離れて欲しかった。
あれではファーンは目覚めた途端にまた気を失うだろう。
「これでも年頃の女の子なんだから、それくらいの気は使って欲しいわね。」
我ながら辛らつな口調でリサーが言う。
少年は無表情のままリサーを見つめていたがややあって口を開いた。。
「何か問題があるのか?離れて寝ては寒い。」
「爬虫人はどうか知らないけど普通はそういうものなのよ!」
叫びに近いミネットの言葉に少年は少し動揺した。外見は無表情のまま。
確かに自分は「普通ではない」。
幼い頃に爬虫人に拾われて以来、彼等の中で分け隔てなく育てられてきた。
自分にも一族の一人だという誇りもある。
しかし、「長」は人の世に帰るべきだと言う。
やはり人間である自分が一族と共に生きるのは「普通ではない」のだろうか?
15才になった今、掟に従って武者修行の旅に出たものの「長」は自分にだけ帰ってこなくても良いと告げた。
その目で世の中を知り、出来る限り人の世に留まれ、と。
「まったく。」
謝ろうかとも思ったがリサーの口をついたのは悪態だった。
疲れから自分が苛立っている事に気付く。
悪態の半分は自分に向けたものだった。
少年は納得のいかないようだったが、リズマンの一言、
ようやくそれが彼等の言葉だとわかった、
で納得したようだった。
もっとも意味がわからなくて幸いだったが。
『彼等は毛皮があるので暑いのだろう。』
少年は深く頷いていた。


馬小屋である。
あの、「馬小屋」だ。
おそらくはここに居る誰よりも一行は感激していた。
「思ったより臭くないのね。それに馬も居ないし。」
アルテアの第一声である。
それでも「馬小屋」には違いない。
皆少なからず「冒険者らしさ」に高揚していた。
野宿に閉口していたセーマでさえ「干草の香りが心地よい」などと言っている始末だ。
確かに文献でしか「冒険」を知らない一行には新鮮な体験だ。
マントやローブをシーツに見立てて干し草の上に敷き、横たわる。
これでも寒暖の差が激しい砂漠での野宿に比べれば随分とマシだった。
直ぐにそこここで寝息が聞こえはじめる。
暗闇の中でベリエはじっと天井を見つめていた。
本当に自分がロードになって良かったのだろうか、と。
彼女達は砂漠を越えた先の宗教国で聖職者となるべく修行に励んで来た。
「教会」は建前こそあれ内部の権力抗争は世俗以上だ。
派閥の関係でベリエかトーラスかのどちらかしかロードにはなれなかった。
幼い頃から共にロードを目指してきたのに。
トーラスがどれだけロードに憧れ、どれだけ相応しいのかベリエが一番良く知っている。
それなのに…。
トーラスは叙勲を受ける直前に自ら僧侶、下級神官の道を選んだ。
「剣では無く教えで民を救いたいから」という理由で。
嘘だ。
自分が、ベリエがロードになれなかった時は政略結婚の道具として使われる事を知ったからだろう。
叙勲を受けた日にベリエはトーラスにその事を問いただした。
トーラスは何も言わず微笑んだだけだった。
聖職者は嘘がつけないから。
彼の為にも立派なロードに成らなければ、と思う。
それでも…。
心のどこかに迷いがあった。
自分がロードとして果たして相応しいのかどうか。
教会の思惑などどうでも良かった。
教会はガイネスを快く思ってはいない。
重要な収入源である「聖水」を唯一教会外で販売しているいわば「商売仇」なのだ。
しかも教会製のそれより評判が良く、はるかに高値で取引されている。
対魔・浄化効果だけでなく、ガイネス産の聖水は飲めば魔力が宿ると言われるからだ。
その恩恵で魔術師になれたという噂が後を絶たない。
ベリエが近衛兵としてガイネスに食い込めればよし、ダメでもカーラ湖の調査を表だって出来る恰好の機会なのだ。
この任務自体ベリエには迷いがある。
いつか取り返しのつかない過ちを犯してしまうのではないか。
自分を信じて着いてきてくれた後輩達を死に追いやるのではないか。
鎧を脱ぎ「自分」に戻ると、それがたまらなく怖かった。


『ヴァンクル。』
低い唸り声、囁くような呼びかけ、に少年が視線を向けた。
暗闇で見えはしないが気配で察する事は出来る。
『ロッシュ?』
『交代の時間だ。』
戦闘部族である彼等にとって「平時」は有り得ない。
生きている以上、周囲を警戒する事は呼吸する事と同じくらい当然の事だった。
いつもなら言われる前に正確な時間を感じて交代役を起こすのだが。
『うん…』
ドラコンのロッシュが身体を擦り寄せて来た。
ペロリと長い舌が少年の頬を舐める。
「ヘソを持つ者」流の愛情表現だと言う。
「愛情」という感覚が良くわからなかったが、少年はこの行為が嫌いでは無かった。
ロッシュも少年の体温を感じる事が好きだった。
自分の中に流れる「人の血」がそう思わせるのかも知れない。
ドラコンは正確には種族では無い。魔法生物だ。
竜と人間の混血など自然ではまず有り得ない。
竜の持つ強靱さと人間の持つ汎用性を兼ね備えた「生体兵器」として造られた種なのだ。
ロッシュは「雌種」だが、「月経」があるわけでも、「発情期」があるわけでも無い。
ただ「雄種」より耐久性に優れ、魔法的な儀式によってその身に卵を宿らせる事が出来る、それだけだった。
『どこか悪いのか?』
『ううん、大丈夫。』
少年の反応の遅さを「物思いにふけっていたから」と理解する事はできなかった。
本人も気が付いていないが少年はこのドラコンに対する時だけ人間らしい表情を見せる。
彼にとってロッシュは母であり姉であった。
一緒にいるリズマンのレザールも気の許せる存在だが、同い年という事もあって友達という感覚が強い。
下層階級であるドラコンと「一族でありながら一族ではない者」という点で共感があったのかも知れない。
『こいつらと行動を共にする気か?』
彼女には寝息を立てるリサー達が見える。喉が微かに鳴った。
『探索には「まじない」が必要だよ。あいつらにはそれがある。』
『鱗の無い者は信用できない。気を付けろ。』
暗闇の中で今度は少年がロッシュの喉元を舐める。
『僕にも鱗が無いよ。』
『すまない。そんなつもりでは無かった。』
暗闇の中で二人は静かに唸り合っていた。


何時、誰が何のために建造したのか。
カーラ湖に浮かぶカーラ・アコル神殿はその存在自体が長らく秘密だった。
外縁には衛兵が絶えず巡回し、島の見える町並みには遮るように城壁が立っていた。
ガイネスの民と鳥達だけの知る存在だった「聖域」。
そこが今、「魔窟」と化していた。
身の丈ほどもある甲虫、ドゥームビートルが飛び掛かってくる。
鈍い音を立ててトーラスのメイスが甲虫の頭部を粉砕した。
緑色の体液が飛び散る。
ベリエは崩れそうになる膝を必死に踏ん張った。
我ながら情けないほどの及び腰でロングソードを振るう。
レオンに気を取られていた甲虫の腹部に命中した。
嫌悪感を伴う痙攣が右手に伝わる。
生き物を殺すという抵抗感は吹き飛んでいた。
そうした感傷を挟む余地など無かった。
皆が必死で戦った。
小島には無料の渡し船が出ていたが、神殿の入口には封印が施されて入れない。
封印を解くには「太陽の石版」とやらが必要で、それは四分割されて島の四隅に「柱」として祭られていた。
すでに何組かのパーティが石版を入手して神殿内に足を踏み入れたそうだ。
冒険者達が最初に遭遇するこの難関は「四柱の試練」と呼ばれていた。
「柱」の守護者(ガーディアン)と戦うにはとにかく経験を積まねばならない。
焦って守護者の前に倒れた冒険者は相当数にのぼっていた。
最後の甲虫が倒れた。
「ポロス、出番よ。」
吐き捨てるようにアルテアが言う。
ポロスもいつもの憎まれ口を叩く余裕も無く、弓を肩に掛けて茂みに残った宝箱に歩み寄る。
手袋を取って指先を軽く噛む。
弓の引きすぎで指先が痺れていた。
鍵開けが本職の盗賊ならいざ知らず、レンジャーであるポロスには簡単な罠も外すのは一仕事だ。
 腰の小袋から七つ道具を取り出して鍵穴を伺う。
酒場と訓練場で聞き込んだ知識を総動員して、確認されている罠の種類から可能性を一つづつ排除して行く。
幸い、他のメンバーは疲れ切っていて急かされる心配も無い。
鈍りそうになる意識を集中する。
最後の可能性が消えた。
大きく息を着く。
「いいよ〜。罠は掛かってない。」
さっさと席を譲る。ここからは戦士の仕事だ。
無言のままレオンが近づいてきて箱の蓋を蹴り上げた。
派手な音を立てて箱が倒れる。僅かな金貨が転がり出た。
命を掛けたにしては悲しいほどの額だった。
「冒険者」というのも楽ではない。
全員の一致した感想だった。


リサーは面白くなかった。
この小島に渡る前にせっかく買ったランスを買い換えるよう少年に指摘されたのだ。
身体に武器が振り回されるのがオチだ。
それが理由だった。
もっと、言い方があるだろうにと思う。
指摘通り、買い換えたロングソードと革の盾が思ったより使える事も腹立たしい。
第一リズマンとドラコン、レザールとロッシュと言った、が標準語を話せる事を黙っていた事も面白くなかった。
理由は「聞かれなかった」から。
自分たちの話す事は筒抜けなのに、彼等の会話はこちらには理解できないのだ。
まったく面白くない。
「リサちゃん、機嫌なおしなよ〜。」
「別に、怒ってないわよ!」
リサーの後ろを歩くミネットの声も神経を逆撫でする。
「うるさい奴だ。長生きできんぞ。」
「あんたは黙ってなさい!」
文字通り噛みつくようにして隣の少年、ヴァンクルに言う。
悔しいが彼等の戦闘能力はかなりの物だった。
レザールは戦士、ロッシュは盗賊、ヴァンクルは侍だ。
密かにロッシュには勝つ自信があったのだが、先程から彼女の吐く酸のブレスに助けられっぱなしだ。
ヴァルキリーの面目丸潰れである。
これも面白くない。
「もっと手首のスナップをきかせなければダメだ。」
「す、すなっぷですか…」
リサーの右後方ではファーンがロッシュから鞭の使い方を学んでいる。
リサーと同様の理由で買い換えさせられたのだが、ファーンは素直に従っていた。
最初は怖がっていたファーンも今ではそれほどでも無いらしい。
これも面白くない。
大体、僧侶が鞭を使うなど論外だとリサーは思う。
有効性云々では無く…なんというか、こう、スタイルの問題だ。
鞭を持った僧侶に助けられたいと思うだろうか?
悪役まっしぐらである。
賛同を求めたミネットが「妖しい感じで良いんじゃない」などとのたまわったのも面白くない。
そのミネットが鼻歌まじりで手にしたスリングを振り回すのも耳障りだった。
「り〜さ〜ちゃ〜ん、てば〜。」
「あー、もう、うるさい!」
例の「うめき声」でレザールとヴァンクルが会話するのが聞こえた。
「何よ!、今何て言ったのよっ!」
ヴァンクルがその剣幕に目を見開いてこちらを見る。
もっとも表情自体は無表情のままだ。
「レザールが『ラウルフは敵にまわすと厄介だと聞いたが、味方にしても厄介だ』と…」
「そういう事は聞かれても素直に答えないのっ!」
「…変な奴だ。」
「あんたが言うなっ!」
「あははー、リサちゃんてば面白ーい。」
リサー、ラウルフ、15才。戦乙女の苦悩ははじまったばかりだった。





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